第45話 アスキスの街へ

「クレア、マリン、エリカはいた?」

「い、いえ、こちらには……」


 それから私とクレア、マリンは一時間程度リスター家のお屋敷の周りを捜しまわった。ロザリア様には魔法で捜してもらっているけれど、なんでも人探しの魔法は時間がかかってしまうらしい。そのため、私たちは一足先にと徒歩で周辺を捜していた。


(……もう、この辺りにはいないのかも)


 あの子はお金をある程度は持っていると言っていた。それはつまり、遠くにも行けるということ。……もしも、リスター伯爵領の外に出てしまっていたら……と思うと気が気じゃない。


(あの子はリスター伯爵領に住むとは言っていたけれど……)


 けれど、人間とは気まぐれな生き物だ。もしかしたら、別の場所にいるかもしれない。


 ……私としては、あの子が幸せならばそれで問題ないと思う。笑って見送ったのならば、こんな風に捜しまわらなかった。


 ただ、私が捜しまわるのは――手紙に、涙の跡があったからなのだ。


 あの子は、泣きながら私の幸せを願っていると書いていたのだ。


(……私は、今後もエリカに会いたいの)


 もしも、ここで捜さなかったら。もう二度とエリカに会えないような気もした。なので、私は捜す。……あの子のことを、捜さなくちゃならない。


 そう思っていると、不意に遠くから「シェリル様!」とロザリア様が駆けてくる。そのため、私が彼女の方に視線を向ければ、彼女は「わかりました!」と言って私に地図を見せてくれた。


「エリカ様はアスキスの方にいらっしゃいます!」


 ロザリア様はそれを教えてくれると、地図のある位置に丸を付ける。そこは確かに、アスキスという名前の街だった。


「そう。……とりあえず、私はロザリア様と一緒にアスキスに向かうわ。……クレアとマリンは、ギルバート様に……」


 連絡してほしい。


 そう言おうとしたけれど、マリンがそれよりも早くに「私も、行きます!」と力強く言ってくる。


「……けれど」

「私、エリカ様にとてもよくしていただいたのです。……だから、私も行きます」


 真剣な面持ちでそう告げてきたマリンに驚いていると、クレアが「報告は、私一人でも大丈夫です」と言葉を付け足す。


「なので、どうかマリンも連れて行ってあげてください。……この子、案外頑固なので」


 にっこりと笑ってクレアがそう言う。


 その言葉を聞いてもう一度マリンに視線を向ければ、彼女は力強く頷いていた。……多分、何を言っても聞いてくれないだろうな。


「わかった。行きましょう」


 だからこそ、私はそう言って頷く。すると、クレアが「報告に行ってきます!」と言ってお屋敷の方に駆けていく。


 そんな彼女を見送って、私はマリンとロザリア様と一緒に用意された馬車に乗り込む。なんでも、サイラスさんがもしものことを考えて先に馬車を用意してくれていたらしい。……私は、そこまで頭が回らなかったけれど。


 そのまま馬車は走り出し、アスキスの方へと向かう。


(……エリカ、どうか、早まらないで……!)


 エヴェラルド様のあの様子だと、エリカに何をしでかすかわからない。もちろん、エリカにはエリカの自由がある。エリカがエヴェラルド様と添い遂げようとするのならば、私は反対しない。その場合はこの心配は杞憂で済む。


 アスキスの街はリスター伯爵の丁度中心部にある街。お屋敷からは馬車で三十分程度走らせればつくと聞いている。


 私はまだまだ伯爵領には詳しくない。いずれは夫人になるのだからと、勉強だけは頑張っているつもりなのだけれど。


「……シェリル様」


 そんなことを思っていると、不意にロザリア様が私に声をかけてくれた。なので、私が「どう、しました?」と問いかけると、彼女は「……いえ、大したことではないのです」と言ってそっと目を伏せる。


「大したことではないのですが……その」

「……はい」

「エリカ様は、本当にシェリル様のことが大好きなんですよ」


 そして、彼女は意を決したようにそう言ってにっこりと笑いかけてくれた。


「……エリカ様と、何度か会話をする機会がありました。彼女はシェリル様が大好きだって、何とも言っていました」

「……そう、なの」

「はい」


 実際、人からその話を聞くといろいろと思うことはある。私のやってきたことが偽善だとか、そう言われる覚悟だってあったのに。あの子は、こんな私を好きだと、大好きだと言ってくれている。それが、どうしようもないほどに嬉しかった。


「でも、だから……迷惑を、かけるのは嫌だって」


 しかし、次に発せられたロザリア様のお言葉に、私は息を呑むことしか出来なかった。……迷惑だなんて、思っちゃいないのに。


「本当は一人で解決したかったとも、おっしゃっておりました」


 ……そっか。それが、エリカの気持ちだったのか。


 そう思いつつも、私は前を向く。


「私、エリカにかけられる迷惑は、迷惑じゃないと思うわ」


 それから、真剣な声でそう告げる。


 お父様やお義母様にかけられる迷惑は、確かに迷惑だ。でも、エリカだけは。エリカだけは――違うのだ。

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