第41話 突き刺さった言葉
「何をするですって!? それはこちらのセリフだわ。人の屋敷に勝手に入ってきた挙句癇癪を起すなんて……子供以下の存在よ!」
エヴェラルド様の方に近づき、その胸倉をつかみながらロザリア様はそう叫ぶ。
対するエヴェラルド様はロザリア様の迫力に押されてしまったのか、俯いて「くっ……」と声を漏らすだけ。
「いいこと? 一方的な愛情の押しつけは何よりも迷惑なのよ!」
「ぼ、僕は、僕はエリカを愛している……!」
「それが一方的な愛情の押しつけだって、どうしてわからないの?」
ロザリア様のおっしゃっていることは、ごもっともだった。彼女はエヴェラルド様を植木の中にもう一度投げ込むと、パンパンと手をたたく。まるでゴミに触れてしまったかのような態度に、私は……何とも言えなくなってしまった。
(ロザリア様、相当怒っていらっしゃるわね……)
それを悟りつつも、私はエヴェラルド様のことが気になってしまって彼に視線を送る。そうしていれば、サイラスさんが「シェリル様。戻りましょうか」と私に声をかけてくれた。……けれど、私には一つだけ気がかりがある。
「……もう少しだけ、戻るのは待って頂戴」
サイラスさんにそう告げて、私はエヴェラルド様の方に近づいていく。彼は私の態度を見て目を真ん丸にしていた。
「……エヴェラルド様」
そっと彼の名前を呼べば、彼は「……なんだ」とふてぶてしく言葉を返してこられる。そのため、私は思いきり手を振りかぶって――。
「っつ⁉」
エヴェラルド様の頬を思いきりたたいた。もちろん、パーで。グーで殴るなんて芸当、私にはできなかった。
「エリカの気持ちを考えて。ロザリア様のおっしゃった通り、貴方のしていることは一方的な愛情の押しつけよ」
それだけを告げて、私は踵を返す。すると、エヴェラルド様は「ま、待てっ!」と叫ばれていた。
「僕に喧嘩を売ったこと、ただじゃおかないからな!」
彼は私のことを強くにらみつけながらそう叫んでいた。……ただじゃおかない、か。
「上等よ。エリカのためだったら、私は貴方を敵に回すことだって構わないわ――」
確かに、アシュフィールド侯爵令嬢時代だったら、こんなこと言えなかった。だけど、私はここで愛されることを知った。そして――。
「私はここで愛されることを知ったわ。なら、その分私がエリカに愛情を注ぐ。……もう、あの子を苦しめたりしないわ」
エリカにとって、私の存在が苦痛だったのだろう。私よりも優れていると自分を証明しないと、居場所がなかった。そんな悲しい状態に、もう二度と陥らせない。
「……きれいごとを!」
「きれいごとで結構よ。私はエリカのことを愛している。愛された分、私があの子を愛するのよ」
堂々とそう宣言すれば、後ろからサイラスさんの「シェリル様……!」と言うような声が聞こえてきた。そのすぐ後にロザリア様の「……まったく」というような声も聞こえてくる。
「これはいわば償いなの。……あの子からずっと目を逸らし続けてきた、私なりの」
ボソッと小さくそう呟いてしまう。
小さなころはあの子が愛されることが妬ましくて仕方がなかった。でも、あの子なりの苦しみがあることを知った。それは呪いに手を出すほどだった。……私が、あの子を愛することが出来るのならば。
「エリカのことは、エリカのことは僕の方が幸せにできるっ!」
エヴェラルド様のそのお言葉は、ある意味正しいのかもしれない。今まで存在でエリカのことを苦しめてきた私よりも、ずっと彼の方がエリカのことを想えているのかもしれない。……でも、どうしても――。
「だったら、正当な方法で行けばよかったのよ」
こんな隠れてこそこそとする方法が正しいとは思えないのだ。その所為であの子は精神を病んでしまい、寝不足に陥っていた。……私に助けを求めて、ここに来るほどに追い詰められていた。
「……正当な方法で、なんて……」
「……どういうこと?」
「どういうこともこういうこともないんだ! 全部、お前が悪い! お前が、お前がアシュフィールド侯爵家を没落にさえ追い込まなければ――」
エヴェラルド様がぎゅっと手のひらを握って、そう叫ばれる。
……私が、悪い、か。
「お前だけ幸せになって、許されると思うな!」
心の底からの叫びとばかりに、エヴェラルド様はそう叫ばれた。その後、立ち上がって早足で場を立ち去っていく。
……私だけが幸せになって、許されると思うな。
(……確かに、私の幸せによって不幸になった人はいる。イライジャ様や、お父様やお義母様。……だけど、私だって幸せになりたいのよ)
そっと目を瞑って、そう思う。私は自己犠牲をしてまで他人の幸せを願えるほど、出来た人間じゃないから。
だから――。
(私も、幸せになりたかったの)
そう思ってしまうことくらい、許してほしい。
そんな風に思う私の胸の中には、エヴェラルド様のお言葉が渦巻いていた。
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