第42話 嫌か?

「……はぁ」


 その日の夜。夕食を摂り湯あみを終えた私は一人私室で考え込んでいた。


 エヴェラルド様がおっしゃった言葉が、未だに私の胸の中で渦巻く。


「……私は、どうすればよかったの?」


 そう零してしまって、私は寝台に背中から倒れこむ。クレアには一人になりたいと下がってもらった。


 そして、一人で考え込む。エリカは、今どうしているだろうか? エヴェラルド様がいらっしゃったことに気が付いていないといいのだけれど……。


「なんて、考えていても無駄よね」


 エリカは私のことを頼ってくれている。ならば、姉として彼女のことを助けるのが筋というものだろう。……お父様もお義母様も、あてにならないらしいし。


 そんなとき、不意に部屋の扉がノックされる。慌てて起き上がって返事をするものの、特に誰かが来る予定はなかった。クレアには下がってもらっているし、サイラスさんはこの時間になるとこちらに来ることはない。エリカも違うだろうし……。


「シェリル」

「ぎ、ギルバート様……!」


 扉を開けて顔を出されたのは、ほかでもないギルバート様だった。そのため、私は慌ててナイトドレスを直しつつ、ソファーの方に移動する。そうすれば、ギルバート様は「あんまり、調子が良くないだろう」とおっしゃって眉を下げられていた。


「……別に、そういうわけでは」


 視線をそっとそらしてそう告げれば、ギルバート様は「……昼間のこと、聞いたぞ」と静かな声でおっしゃる。


「いろいろと大変だったらしいな。……俺がすぐに駆け付けることが出来たら、よかったんだが……」

「……いえ、お仕事だったので仕方がないですよ」


 肩をすくめながらそう言葉を返せば、彼は苦痛に満ちたような表情を浮かべられた。なので、私は「ロザリア様も、サイラスさんもいてくれましたし」と言って出来る限りにっこりと笑った。


「……そうか」


 ギルバート様はそれだけをおっしゃるとソファーに腰を下ろされる。そのため、私も対面のソファーに腰を下ろした。


 ……しばしの沈黙が場を支配して、何とも言えない空気になる。


「え、えぇっと……」


 沈黙が辛くて私が声を上げれば、ギルバート様は「……今日の夕食の時」と静かに声を発せられた。


「あんまり、元気がないように見えたからな」


 その後、そう続けられる。……だからこそ、私は視線を下に向けた。実際、お世辞にも元気とは言えなかった。体調もまだ少し不安定だし、何よりもエヴェラルド様のお言葉が胸に突き刺さっていた。その所為、なのだろう。


「……そんなの」


 でも、ギルバート様に弱音を吐くことは出来なかった。弱音を吐いたら面倒な女になってしまうかもしれない。そんな一抹の不安があるからこそ、私はぎゅっと唇を結ぶ。


 病気で弱っていたりするときは、どうしても弱音が出てしまう。けれど、今はそうではないのだ。


 そう、自分自身に言い聞かせる。


「なぁ、シェリル」


 不意にギルバート様が立ち上がられて、私のすぐ真横に移動してこられた。それに驚いて顔を上げれば、ギルバート様の不安そうな表情が視界いっぱいに広がる。


「俺は、シェリルの力にはなれないのか?」


 そして、静かな声でそう告げてこられた。


「俺は、シェリルの力になりたい。だから……何でも話してほしいと思っている」

「……ギルバート様」

「だから、そんな不安そうな顔をしないでほしい」


 ゆっくりと告げられたその言葉に、私は……なんと反応していいかわからなくなってしまった。


 ぎゅっと唇を一の字に結び続けていたけれど、その唇がふっと緩む。それから、ギルバート様から視線を逸らして「……私、幸せになってよかったのでしょうか?」と小さな声で問いかけていた。


「……シェリル?」

「私が幸せになることによって、不幸になる人がいたらしいのです。……それを、突き付けられてしまって」


 目を伏せてそう言ってしまった。


 こんなにも弱っているのは、体調が不安定だから。そう、そうに決まっているわ――……。


「私が、人並みの幸せを願うことは……ダメ、なのでしょうか?」


 ゆっくりと消え入りそうな声でそう問いかければ、ギルバート様は息を呑まれた。……やっぱり、面倒な質問だったわよね。


 そう思い「忘れてください」と言おうとした。だけど、言えなかった。


「それはない」


 はっきりとした言葉で、ギルバート様がそうおっしゃった方が早かったから。


 それに驚いて顔を上げれば、ギルバート様は「シェリルが幸せを願うことは、ダメなことじゃない」とゆるゆると首を横に振りながら言ってくださる。


「むしろ、幸せには貪欲になった方が良い」

「……貪欲に?」

「あぁ、もっと幸せになりたいと思え。……その方が、いいぞ」


 ……何なのだろうか、その考えは。


 そんなことを思いつつ私が顔を伏せてしまえば、ギルバート様は「……俺は、シェリルと幸せになりたいんだ」と消え入りそうなほど小さな声でおっしゃった。


「だから、シェリルにそんなことを言ってほしくない」

「……ギルバート様」

「シェリル。……俺と一緒に幸せになるのは、嫌か?」

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