第40話 愛しているの

 門の方向に駆ければ、そこでは明らかなトラブルが起きていた。


 そこにはロザリア様、サイラスさん、そして――エヴェラルド様がいて。


 エヴェラルド様はロザリア様に突っかかっていた。その様子を遠目から見つめつつ、私はゆっくりと近づいていく。


「帰ってくださいませ。貴方様のおっしゃることはめちゃくちゃです」


 静かな怒りを含んだロザリア様のお声が、私の耳に届く。


「エリカに会いたいだけだ。それ以外は何も望まない」

「ですが、エリカ様は会いたくないとおっしゃっております」


 エヴェラルド様とロザリア様のそんな言い争うような声が聞こえてくる。互いに静かな声の奥に怒りといら立ちを含ませている。……きっと、お二人ともしびれを切らしてしまいたいのだと思う。


「クソッ、エリカ、エリカ……!」


 門が揺れるような音がする。だからこそ、私は駆け足でそちらに近づいていく。そうすれば、サイラスさんがぎょっとしたような目で私のことを見つめてきた。……まさか、ここに来るとは思わなかったのだろうな。


「エヴェラルド様!」


 大きな声で彼の名前を呼べば、彼は「……お前か」と言いながら忌々しいとばかりの視線を私に向けてくる。その目に怯んだ様子を見せてはいけない。ここは、はっきりと拒絶しなくては。


「エリカは、貴方に会いたくないと言っているわ」


 ゆるゆると首を横に振りながら、私はそう伝える。


 エリカは怖いと言っていた。それに、度重なるストーカー行為に疲弊している。犯人であるエヴェラルド様と対面させるわけにはいかなかった。


「嘘だ! 僕以上にエリカのことを愛している人間はいない!」

「ここにいるわよ!」


 エヴェラルド様の目をまっすぐに見て、私はそう叫ぶ。すると、彼は大きく目を見開いていた。


「私はエリカのことを愛しているわ。ちょっと生意気で、でもすごく素直で。可愛らしくて、芯の強い女の子。……そんなエリカのこと、私が愛しているわ。……もちろん、貴方よりも」


 最後の言葉には抑揚をつけなかった。


 それほどまでに真剣な声でそう言えば、エヴェラルド様は「嘘を言うな!」と言って魔法を使う構えを見せる。


「お前はエリカに魔力を奪われ、虐げられてきた。挙句に婚約者も奪われたんだぞ⁉ そんな奴が、エリカを愛しているわけがない――!」


 確かに、その言葉は間違いないかもしれない。


 だけど、私はエリカのことを心の底から愛しているのだ。愛には様々な形がある。たとえ今まで憎んでいたとしても、今の私はあの子のことを――愛している。


「貴方がなんと言おうと、私の気持ちは変わらないわ――」

「――ふざけるなっ!」


 エヴェラルド様がそう叫ばれるとほぼ同時に、私の方に炎の球が飛んでくる。エヴェラルド様の魔法の属性は『火』。だから、炎の球を飛ばすのだ。


(――っつ!)


 避けようとした。でも、出来なかった。だって、私が避けてしまえば――そこには庭師の人たちが丹精込めて育てた花があったから。

 私は逃げようとせずに、そのまま炎の球を身体で受け止めようとした。


(……痛いだろうなぁ)


 きっと、お義母様に折檻された時よりも痛いのだろう。


 そう思う。だけど、私は――ここで逃げては、ダメなのだ。


 ぎゅっと目を瞑って、私は襲い来る熱さに耐えようとした。だけど、いつまで経っても炎の球は私の方には向かってこない。


 驚いて目を開けば、私の前に立ちふさがるようにロザリア様が立っていらっしゃった。


「シェリル様。無茶はしないでくださいませ」


 彼女はその茶色の前髪をかき上げながら、そう言葉を投げつけてきた。そのため、私は「……ごめんなさい」と謝ることしか出来なくて。


「エヴェラルド・パルミエリ様。……私が本気になれば、貴方様なんて木っ端みじんです」


 その後、私からエヴェラルド様に視線を移し、ロザリア様はそう宣言する。


「……なっ」

「言っちゃあなんですが、私――強いですよ?」


 今のロザリア様の表情はよく見えない。でも、きっと――相当な怒りを含んだ表情をしているだろうなぁということだけは、想像できて。


「シェリル様を傷つけるものは、何であろうと許しません」


 ロザリア様は真剣な声音でそんなお言葉をぶつけると一瞬でエヴェラルド様との距離を詰める。


 それから――。


「お覚悟してくださいませ!」


 ――思いきり、エヴェラルド様の頬を殴った。それも、グーで。


「――くっ!」


 エヴェラルド様の身体が飛ぶ。そのまま対面の植木の中に突っ込み、「何をするんだ!」と言いながら起き上がる。


(……あれを食らって起き上がれるとか、どれだけタフなのかしら……?)


 彼が病弱だというのは、嘘にしか見えなくなってしまった。心の奥底でそう思いながら、私はそっと視線を逸らした。

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