第39話 守りたいの

「……お義姉様」

「だって、貴女は私のたった一人の妹だもの」


 何度も言うように、私はエリカのことを嫌っていない。出来ることならば、ずっと昔。幼い頃のように仲の良い姉妹に戻りたいと思っているくらい。


 その気持ちはエリカにもしっかりと伝わったらしく、彼女は「……たまには、会ってくれると嬉しいわ」と言いながら肩をすくめる。

 なので、私は力強く頷いた。


「リスター伯爵領にいるのならば、そこまで距離も離れていないものね」


 私がそう告げれば、エリカは「そうね」と言いながらお茶を飲む。その仕草はとても美しく、まるで生粋の貴族の令嬢のようだった。……いや、エリカも私も生粋の貴族の令嬢なのだけれど。まぁ、育ち方も現状も全然違うけれど。


「お義姉様は、挙式はするの?」


 不意にエリカがそう問いかけてくる。……挙式、か。


「えぇ、そのつもり……らしいわ。私はあまり派手にしてほしくないのだけれど……」


 苦笑を浮かべながらそう言えば、エリカは「お義姉様、派手なことが苦手だものね」と言いながらくすくすと笑う。


「でも、辺境伯の当主の結婚ともなれば、大規模でも仕方がないわ。……私も、お祝いの品をお贈りするわね」


 エリカはにっこりと笑ってそう言う。けれど、最後には「受け取ってくださるかは、わからないけれど」と付け足していた。


 だけど、私にはわかる。……ギルバート様も、最近ではそこまでエリカに嫌悪感を持っていないと。むしろ――。


(エヴェラルド様へ嫌悪感の方が、強そうなのよね……)


 エヴェラルド様の行動を、ギルバート様はとても嫌われていた。それに、私のことを助けてくださったときもエヴェラルド様に対して怒りを露わにされていた。……嬉しかったなぁ、なんて。


(こんなことを思っているから、恋する乙女みたいなのよね。……まぁ、実際に恋する乙女だけれど)


 ちょっと年が離れているけれど、ギルバート様は素敵なお方。私はそれをよく知っているつもりだし、周囲にも分かってほしいと思っている。……ギルバート様が私と結婚することで、悪い噂が立ってしまうのは私としても不本意だから。


「ふふっ」


 私がそんな風にいろいろと考えていると、ふとエリカが声を上げて笑う。それに驚いて彼女の方に視線を向ければ、彼女は「お義姉様、本当に表情豊かになられたわね」と言ってくれる。


「……お義姉様の笑顔を奪ったのは私だけれど……やっぱり、お義姉様は笑っている方が可愛らしいわ。……ううん、美しいと言った方が正しいのかしら?」


 エリカは小首をかしげながらそう零す。その仕草はとても可愛らしい。


 私とエリカ。あまり似ていない異母姉妹。でも……多分、何処となく面影は似ているのだろうな。


「ねぇ、お義姉様」

「……どうしたの?」

「贅沢を言うのならば、私――」


 そっとエリカが唇を開こうとしたときだった。遠くから大きな物音が聞こえてきた。……それに驚いて、私は目を見開く。


「シェリル様。様子を見てきますので、こちらでお待ちくださいませ」


 慌てて立ち上がる私に対し、サイラスさんは静かにそう言ってくれた。そして、彼はそのまま物音の方に駆けていく。……あの方向は、門の方向だわ。


(……何か、あったのかしら?)


 そう思って不安になっていれば、側に居たクレアが「大丈夫ですよ!」と言って笑ってくれた。


「ロザリア様もいらっしゃいますし、サイラスさんもあれでも素晴らしい魔法の腕を持っているんですよ!」


 ニコニコと笑ってクレアがそう教えてくれる。それはきっと、私の不安を和らげようとしてくれているから。……それは、よく分かる。


(……何となく、嫌な予感がするのだけれど)


 そんな風に思って私が眉を顰めていれば、エリカが「……お義姉様」と言って立ち上がって私の側に寄ってくる。そして……私に抱き着いてきた。


「エリカ……?」

「……怖いわ」


 小さな声だった。でも、その声は確かに震えていた。


(……まさか)


 その声を聞いて、私はあの物音を起こしたのはもしかしたら『エヴェラルド様』かもしれないと思う。彼はエリカがここにいることを知っていらっしゃるはず。……そうなれば、ここに来る可能性は――高い。


「マリン。エリカのこと、お願いできる?」

「……は、はいっ!」


 マリンにそう声をかければ、彼女はこくんと首を縦に振って元気に返事をしてくれた。なので、私は震えるエリカの身体をマリンに預け、場を駆けだして物音の聞こえた方向に走っていく。


「シェリル様っ!」


 後ろから戸惑うような声が聞こえてくるけれど、お構いなし。……もしも、あれがエヴェラルド様ならば。


(私が行ったら、逆効果よね)


 それは、わかっている。でも、どうしてもエリカのお義姉様として、何とかしたかった……の、かもしれない。


(エリカのことは、私が守るの――!)


 その気持ちを強めながら、私はただ駆けて行った。

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