第38話 エリカの選択

 ノールズの視察を終え、約一週間が経った。あれ以来、私の方もエリカの方も体調はかなり回復し、のんびりと二人でお庭を散策できるようにもなった。


 本日はギルバート様は朝からお仕事として領地で一番大きな街に行かれている。さすがに今回は視察ではないので私はお留守番。あんまりギルバート様にご迷惑をかけるわけにもかないもの。


「ねぇ、エリカ」


 今日は絶好のお茶会日和……ということもあり、私はサイラスさんにとある提案をされた。


 それこそ――お茶会のホストの練習。


 せっかくエリカがいるのだから、役に立ってもらわなくては。サイラスさんはそう言っていたけれど、なんだかんだ言ってもサイラスさんもエリカへの敵意は薄れ始めている。それはきっと、エリカが大人しくしているからだろう。


「シェリル様。そこは先ほどお教えした通りに」

「わ、わかったわ」


 エリカを招待客として、小規模なお茶会を想定した動きをする。


 リスター伯爵家ともなれば大規模なお茶会も開かなければならないそうだけれど、今必要なのは小規模なものの練習だということ。リスター伯爵夫人として、お茶会のホストは義務だそうだ。


(まぁ、何処の貴族でも嫁ぐ際に恥にならないようにと練習するのだろうけれど……)


 生憎と言っていいのか、私の両親はあの方たちだから。そう考えれば、私はイライジャ様に嫁がなくて本当によかったと思う。こんな調子だったら、間違いなく彼に叱責されていただろうから。


(ギルバート様の恥にならないように、頑張らなくちゃ)


 貴族の妻の役割は夫を支え、社交に精を出すこと。ギルバート様の役に立ちたい以上、これは必須科目なのだ。


「お義姉様。まずは落ち着きましょう。手が震えていては、ダメよ」

「わ、わかっているわ」

「貴族の女性は堂々としたもの勝ちなの。……お義姉様ならば、出来るわ」


 エリカにも激励され、私は必死に笑みを貼り付けて教わった通りの動きをする。でも、なかなかうまくいかない。


(堂々としたもの勝ちって言われても……その、私には、ちょっと難しいような……)


 散々虐げられてきたに近しいのだ。そんなこと出来るわけがない……って、思ったら負けよね。とりあえず、出来るようにと頑張らなくちゃ。


 堂々と胸を張って、笑みを顔に貼り付けて。私ははきはきとした声でお話をする。……他者から見て出来ているかは、わからないけれど。


「……ふむ、本日はこれくらいにしましょうか」


 それから数十分が経って、サイラスさんは終わりの合図をくれた。それにほっと息を吐いていれば、サイラスさんは「小規模はこれくらいでいいですが、大規模なものとなりましたらまた別ですよ」と厳しい言葉をくれる。……うん、頑張らなくちゃ。


「貴族の女性は揚げ足取りが好きよ。失敗しても、堂々と振る舞っていれば逆に揚げ足はとられないの」

「……そ、そう、よね」

「まぁ、失敗しないのが一番だけれどね」


 エリカはそう言いながら紅茶を口に運ぶ。その後ろにはマリンが控えており、どうやらエリカとマリンは相当親しくなったらしい。それに、私はほっと息を吐く。


「……そうだわ。お義姉様」

「どうしたの、エリカ」


 不意にエリカが私に声をかけてきたので、私は小首をかしげながらそう問いかける。すると、彼女は「……私、ここを出て行ってからの道を決めたわ」と言いながらゆるゆると首を横に振る。


「私、もう王都には戻らないわ。ここで――リスター伯爵領で、暮らすわ」

「……エリカ」

「とはいっても、ここにいつまでもお世話になるわけじゃないから安心して。……近くの街で、アパートを借りて一人で暮らすの。接客のお仕事を見つけようとも、思っているのよ」


 肩をすくめてエリカがそう教えてくれる。……そっか。


「そうなのね。……でも、大丈夫?」


 いろいろと物入りだろうし、アパートを借りるにはお金だっている。そんないきなり……とは思う。


「えぇ、大丈夫よ。……実は、ここでも細々とお仕事をさせてもらっていたの」

「……え」

「とはいっても、本当の雑用だけよ。ただでおいてもらうわけにはいかないじゃない」


 ……なんていうか、この子は本当に成長したのね。そう思ったけれど、きっとこちらが本当のエリカなのだ。そう、思った。


「でも、どうせだからってお給金としてほんの少しもらったわ。……それで、アパートを借りようと思うの」

「……そうなのね」

「お義姉様の婚約者の方には、すぐに出て行ってほしいって初期の頃に言われていたし」


 それはエリカなりの自虐だったのかもしれない。それにくすっと声を上げて笑えば、エリカは「……だから、お義姉様はご自分の幸せを優先して」と言いながら目を伏せていた。


「……エリカ」

「恩返しもできずに出て行くのは心苦しいけれど、お義姉様の幸せを私は祈っているわ」


 儚げに笑って、エリカがそう言う。……だからだろうか、私は「私も、エリカに幸せになってほしいわ」と自然と口にしていた。

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