第37話 シェリルとギルバートの視察(10)
「……シェリル、大丈夫か?」
ノールズからの帰り道。ギルバート様は馬車に乗り込んでから幾度目になるかわからない問いかけをしてくださる。
正直なところ鬱陶しい……と思わない気持ちも、ないことはない。でも、それが私を心配しているから出てくる言葉だとわかっているためか、それ以上に嬉しかった。
「はい」
にっこりと笑ってそう言えば、ギルバート様は視線を露骨に私から逸らす。
ギルバート様はどうやら公衆の面前で私に告白してしまったことに、いろいろと思うことがあったらしい。実際、私はノールズの人たちに囲まれてしまうことになった。……拝まれたのは、ちょっと……その、思うことがあったけれど。
「……苦しくないか?」
「……もう、そればっかりですね」
苦笑を浮かべながらそう返事をすれば、ギルバート様は「……だが」とおっしゃって眉を下げられる。その何処となく弱々しい表情が私の胸にきゅんと来て……私は顔を真っ赤にしてしまった。
その所為で、私はギルバート様からそっと視線を逸らす。だけど、ギルバート様は私の乙女心など理解してくださらない。私の顔を覗き込み、「どこか、痛むのか?」と問うてこられる。……どうして、このお方はこんなにも鈍いのだろうか。
「シェリル――」
「あ、あのっ!」
ギルバート様が私の名前を呼ばれるので、半ば無理やり誤魔化すように声を上げる。すると、ギルバート様は「……どうした?」ときょとんとされながら尋ねてくださった。
その目がとてもきれいに見えてしまって、私はそっと彼の肩に頭を預ける。
「しぇ、シェリル……?」
どうして、このお方は私が少し積極的になっただけで狼狽えるのだろうか。
そう思いながら私は上目遣いになりながらギルバート様に笑いかける。その瞬間、彼の顔がカーっと赤く染まった。
「少しだけ、甘えさせてくださいませんか……?」
いつだったか。体調を崩した時にもこれと似たようなお願いをしたような気がする。今は元気だし、魔力の方もそこまで問題ない。……それでも、ほんの少し甘えたい。
「あ、あぁ、それは、構わないが……」
私の言葉にギルバート様は嫌なお顔一つせずに頷いてくださる。……そのお顔が照れたようになっているのは、気のせいじゃない。
そのまま私は彼の手に自分の手を重ねて、握りしめる。大きな男の人の手。……なんていうか、胸がきゅんとする。
「シェリル。今日は……その」
「どうしました?」
「随分と、積極的だな……?」
……確かに、今日の私はちょっと積極的かもしれない。理由なんて簡単なのだけれど。
(ギルバート様が私のことを愛しているとおっしゃってくださったことが、とても嬉しかったの)
このお方は口下手だから、愛しているとか大好きとか滅多におっしゃってくださらない。その所為で、私はこの気持ちが一方通行なのではないかと思ってしまっていた。
決してそんなことはないのだろうけれど、ギルバート様は私が『豊穣の巫女』だからそばに置いている……という可能性も、あったから。
でも、エヴェラルド様に対して堂々と愛していると言ってくださったことが、とても嬉しくて。私は彼の肩に頭を預けながら、目を瞑る。
「私も、ギルバート様のことが大好きです」
そっと口ずさむようにそう伝えれば、ギルバート様の手が控えめに私の肩に回される。その触れ方は壊れ物を扱うかのような優しいもの。……大切にされているような気がして、嬉しい。
「ギルバート様」
「……どうした?」
「私、エリカのこと大切なのです」
ふとそう言葉にすれば、ギルバート様は眉を下げられてしまった。どうやら、初期の頃にエリカに取ってしまった態度について思われることがあるらしい。
「でも、ギルバート様やサイラスさんがエリカに対して怒ってくださるの、ちょっと嬉しかったです。……私のこと、大切にしてくださっているような気がして」
エリカには悪いけれど、私の心の奥底にはそういう感情もあった。ギルバート様たちが私のことを大切だと、強く言ってくれているような気がしていたから。
「……そうか。だが、それは間違いだ」
「……間違い、ですか?」
意味が分からなくてきょとんとする私を他所に、ギルバート様は「しているような気がしているわけじゃない」とおっしゃってゆるゆると首を横に振られた。
「実際、俺たちはシェリルが大切なんだ。……サイラスも、クレアもマリンも。ほかの使用人たちだって、シェリルがここにいてくれることを望んでいる」
「……ギルバート様」
「だからな、シェリル」
恐る恐るといった風に私のことをギルバート様が抱きしめてくださる。何だろうか。心臓がうるさい。……私じゃなくて、ギルバート様の。
「俺と、ずっと一緒にいてほしい」
……そのお言葉は、とても嬉しかった。何度聞いても、嬉しくて仕方がない。
「……もちろんです」
そのため、私が言えることはそれだけ。……ギルバート様と、私もずっと一緒に居たいの。それは間違いのない、真実だから。
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