第2話 大好きな人たちとの日常
リスター家のお庭の一角には、私が手入れをしているスペースがある。そのスペースに向かえば、そこには私の婚約者であるギルバート様がいらっしゃった。
「シェリル」
ギルバート様は私の顔を見られると、一目散に来てくださった。それに嬉しくなりながら、私は「どうかなさいましたか?」とギルバート様に問いかける。ギルバート様は本日一日お仕事だと聞いていた。だから、夜まで会うことはないと思っていたのに。
「いや、少し休憩をしていてな。どうせだし、シェリルの育てている花でも見るかと思って」
私から少し視線を逸らされながら、ギルバート様はそうおっしゃる。そのお言葉に、私は嬉しくなってしまった。私の育てているお花を、認められたような気がしたから。そんなことを思いながら、私はギルバート様のお顔を見上げる。
私とギルバート様は、十五歳年が離れている。私は十八歳だけれど、ギルバート様は三十三歳。少しどころかかなりの年齢差だけれど、私はこのお方が好き。初めは追いやられる形でここに来たけれど、今はここに来れて幸せだと心の底から思っている。
「最近、新しいお花を育て始めたのです」
「そうか。どうせだし、見たいな」
「こちらです」
最近異国から伝わってきた少し特殊なお花。それは、たまにしか咲かないという気まぐれなお花で。私も手入れを欠かさずにしているけれど、まだ咲いたところは見たことがない。……とはいっても、育て始めたのはほんの一ヶ月前からなのだけれどね。
「どうも、気まぐれにしか咲かないお花らしくて……なので、私もまだ咲いたところを見たことがないのです」
「そうなのか。……だが、シェリルが世話をしているんだ。きっと早くに咲くと思うぞ」
「でしたら、いいのですけれど……」
私が眉を下げてそう答えれば、ギルバート様は「シェリルは土に好かれているからな」とおっしゃった。……土に、好かれている。それは良いように聞こえるけれど、実際は大変なことが多い。
私の魔力は土にリンクしており、土が豊かな時は力がみなぎっている。しかし、その反面土の魔力が枯渇し始めると、私も体調が悪くなってしまい寝込んでしまうのだ。そういう風に魔力と自然がリンクした女性のことをこの王国では『豊穣の巫女』と呼んでいる。ちなみに、『豊穣の巫女』は発覚した際から力をコントロールする訓練を受けることが決められていた。そうすれば、自身がリンクしている自然に魔力を送ることが出来て、自然を豊かにできるから。……まぁ、私が『豊穣の巫女』だと分かったのはつい最近のことなので、まだ力をコントロール出来ていないのだけれど。
「いつか、土に魔力を送れるようになりたいです。そうすれば、困っている方を助けられますから……」
「そこは、努力次第だな。でも、シェリルならばすぐに出来るようになるさ」
ボソッと零してしまった弱音に、ギルバート様はそんな言葉を返してくださる。ギルバート様は私のことをとてもよく分かってくださっている。だから、こういう風におっしゃってくださるのだ。それが嬉しくて、私はギルバート様の手に触れてみる。そうすれば、ギルバート様は驚いたように手を引っ込められた。
「……シェリル?」
「手、繋いではダメですか?」
少し上目遣いになりながらそう言えば、ギルバート様は「い、いや、大丈夫、だ」と途切れ途切れにおっしゃって、手を差し出してくださった。……最近、ギルバート様の様子がおかしい。私が少し触れただけで、すごく動揺されるのだ。……もしかして、私のことを嫌いになってしまわれたのだろうか? そんな風に、不安を覚えてしまう。
(大丈夫よ。ギルバート様は、私のことを好いているとおっしゃってくれるじゃない)
元婚約者とは違う。分かっている。分かっているのに、どうしても一度目の婚約破棄のことを思い出して、不安になってしまう。そんな私のことをどう思われたのかギルバート様は「俺は、シェリルのこと、好きだぞ」とおっしゃってくださった。
「……ギルバート様?」
「ただ……その、触れられると柄にもなくドキドキするからな。……だから、突然触れるのは止めてくれ。そうじゃないと、歯止めが利かなくなりそうなんだ」
私の目をまっすぐに見られて、ギルバート様はそうおっしゃった。……よかった。嫌われていなかった。そう思って私は一安心すると同時に、ギルバート様にならばもっと触れられても構わないと思った。たとえ抱きしめられたとしても、口づけをされたとしても、それ以上のことだったとしても。私はきっと、ギルバート様にならば嫌悪感は持たない。
「……あの、触れてくださっても、構わない……です、よ」
少し照れくさそうにそうお伝えすれば、ギルバート様は明らかに動揺される。その後「……冗談は、よせ」とおっしゃった。その視線は明らかに彷徨っており、私のことを見てくださらない。……本気だと、受け取ってくださらないのね。
「わ、私は本気です。本気ですから――」
ギルバート様のことをまっすぐに見つめ返して、私が抱き着こうとした時だった。不意に「旦那様!」と誰かの声が聞こえてくる。そのため、私は驚いて身を引いた。そうすれば、このリスター家の執事であるサイラスさんが慌てたように私たちの方に駆けよってくる。
「あぁ、丁度よかった。シェリル様にも、関係のあることなのです」
サイラスさんは、私のことを見つめてそう言った。……私にも、関係のあること? それは一体、何だろうか? そう思って私が怪訝な表情を浮かべていれば、サイラスさんは一通のボロボロのお手紙を見せてくれた。
「……シェリル様の、実父からのお手紙でございます」
サイラスさんはそう言った後、私のことをただ心配そうに見つめた。
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