第3話 忌々しい手紙

「……お父様から」


 私はサイラスさんの持つそのお手紙を呆然と見つめながら、そう呟いた。お父様は、私をここに追いやった張本人。今は平民として暮らしていると聞いているけれど、上手くやっていないという噂も耳にしたことがある。多分、お金の無心とかそういうことなのだろう。……それか、私がまだこのリスター家を追い出されていないことが不満なのかもしれない。


「サイラス。それは捨てておけ」


 私の不安な気持ちが伝わったのか、ギルバート様はサイラスさんにそう指示を出された。その後「……シェリルに、変なものを見せるな」とおっしゃる。その気遣いが、私はとても嬉しかった。ここは、実家とは違う。私のことを愛してくださって、大切にしてくれる人たちがいる。だからもう、お父様のことは忘れたい。


「シェリル様、どうなさいますか?」

「……おい、サイラス」

「一応、あて先がシェリル様になっておりますので……」


 サイラスさんは眉を下げながら、私にそう問いかけてくる。なので、私はそのお手紙を受け取った。封筒はボロボロで、あて先の字は汚い。……お父様は、あまり字が綺麗な方ではなかった。それが懐かしくて、私を嫌な気持ちにさせる。……ここに来て、私はあの環境があまりにも酷いものだと知った。あの時は、あそこにいるしかなかった。けど、今は違うのよ。


「……シェリル」


 ギルバート様が、不安そうに私の名前を呼んでくださる。だから、私は……一思いに、その封筒をびりっと破いた。


「シェリル様!?」


 その私の行動を見て、クレアが驚いたような声を上げた。よく見れば、サイラスさんもギルバート様も驚いている。……私の行動が、相当予想外だったのかもしれない。だから、私はそんな三人を他所にお手紙をびりびりに破いていく。


「……私、お父様のこと嫌いよ。お義母様のことも、嫌い。だから、このお手紙は捨てるわ」


 手の中でびりびりになったお手紙だったものを見てそう言えば、ギルバート様は「そうか」とだけ言葉を下さる。その後「サイラス、この紙くずは捨てておけ」とサイラスさんに告げていた。


「かしこまりました。正直、触りたくもないのですが……」

「分かっている。だが、この男がいなかったらシェリルはここに来ていない。その点では、感謝するべき相手だろう」

「さようでございますね」


 サイラスさんとギルバート様の会話に耳を傾けながら、私はサイラスさんにお手紙だった紙くずを手渡す。それを見たクレアは「シェリル様、かっこいいです……!」と言ってくれた。……かっこいい、か。そんなこと、ないのに。私はただ、嫌なものだったから破り捨てただけ。これは、価値のないものだから。


「中身はどうせ、お金の無心だと思います。ギルバート様に、迷惑はかけられません」


 ただ、それが一番の本音だった。私に迷惑がかかるだけならばまだしも、ギルバート様にだけは迷惑をかけたくなかった。しかし、私のその言葉を聞かれたギルバート様は、「いや、シェリルにかけられる迷惑ならば、嬉しいぞ」と言ってくださる。


「だが、シェリルの父親にかけられる迷惑はごめんだな。……ところで、シェリル」


 ギルバート様はそこで一旦お言葉を区切られると、私に向けて控えめに手を広げてくださった。一瞬、私はその行動にぽかんとするけれど、これは多分抱きしめてくださるということだろう。だから、私は控えめにギルバート様に抱き着いてみる。


「おぉ、旦那様もついにシェリル様のことを抱きしめられるようになったのですね……!」

「本当に、成長されましたね……!」

「……サイラス、クレア。お前たち、俺をなんだと思っている」


 私のことを抱きしめてくださるギルバート様に対して、サイラスさんとクレアは拍手をしながらそう言っていた。それを聞かれたギルバート様は、文句にも似たお言葉をぶつけられている。


「そりゃあ、ヘタレですかねぇ」

「年甲斐もなく女性を喜ばせる方法の分からない、三十代ですかね」

「クレアはともかく、サイラス、お前は……!」


 そんなことをサイラスさんに向かっておっしゃるギルバート様。でも、私はそういうことはどうでもよかった。ギルバート様が私のことを抱きしめてくださっているという現実の方が、大切だったから。


「ギルバート様」


 クレアとサイラスさんに対して怒っていらっしゃるギルバート様のお顔を、私は上目遣いで見つめてみる。すると、ギルバート様は露骨に息を呑まれていた。だから、私はたった一言「大好きです」という自らの気持ちを伝える。


「……シェリル」

「私、ギルバート様のこと大好きです。年の差なんて気にならないくらい、お慕いしております」


 少しはにかみながらそう言えば、ギルバート様は顔を真っ赤にされる。それを見ていたサイラスさんとクレアが、またしても「ヘタレ!」と言っていたのを、私は聞き逃さない。


(ギルバート様は、可愛らしいお方なのよ。そういうところが、好きなの)


 不器用で、可愛らしいお方。だから、私はこのお方のことが好きになった。こういうお方じゃなかったら――きっと、私はギルバート様に惹かれていなかっただろうな、なんて。

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