シェリルへの求婚者(※ただし、ショタ)(ギルバート視点)
その日、俺とシェリルはリスター伯爵領に隣接した領地を治める伯爵家、シュレーゼマン家のパーティーに参加していた。パーティーの主役は本日誕生日を迎えたシュレーゼマン伯爵家の嫡男、ハイノ・シュレーゼマン。彼の、八歳の誕生日を祝うために催された。ちなみに、伯爵と親しくしている人間しか招かれない小規模なパーティーだ。
特に気になることもないので、何も起こらずに平和に帰れるだろう。そう、俺は思っていた。だが、その考えは間違っていた。俺が少しシェリルの元を離れ、伯爵と話していた時。……それは、起きた。
「シェリル様、俺、十年後絶対に良い男になるから、俺と結婚してください!」
誕生日パーティーの主役であるハイノが、シェリルに突然求婚したのだ。
「……シュレーゼマン伯爵」
「い、いえ、その、すみません……その、その……」
その声を聞いて、俺は隣にいたハイノの父親である伯爵を睨みつける。そうすれば、伯爵は「ははは……」と乾いた笑いを零していた。笑い事じゃない。そう思いさらに目つきを悪くすれば、伯爵は冷や汗を拭きながら「すみません、すみません……!」と謝罪してくる。
シュレーゼマン伯爵家とリスター伯爵家の場合、家柄が上なのは「辺境伯」という役割を国から賜っているリスター家の方だ。両家は長年いい関係を築いてきたためか、こういう小規模なパーティーにも招待されたりする。が、今回のことはどうにも気に食わない。
「ハイノは……その、どうにも、シェリル様のようなお方が好みらしく……」
いや、そんなことが聞きたいわけじゃない。というか、そんなもの見ればわかる。ハイノはシェリルのことを真剣なまなざしで見つめたかと思えば、腕に引っ付いている。……やめろ。そう思い睨みつけるが、ハイノはこっちを見ない。多分だが、気が付いていないわけではないだろう。気が付いたうえで、無視をしているのだ。ハイノが幼い頃から面識のある俺は知っている。あいつが、そういう奴だと。
「ハイノ様。十年後ですと、私は三十間近です。そんな年上の妻、ハイノ様には似合いませんよ」
シェリルは出来る限り優しくと思ったのか、ハイノにそう言っていた。しかし、ハイノはそんなことお構いなしなのか、「シェリル様は十年後でも間違いなく、美しいです! 俺、保証します!」なんて言っている。……人の婚約者を口説くな。ついでに、そんな言葉どこで覚えてきた。そんな感情をこめて伯爵を見つめれば、伯爵はハイノの回収に移り始めた。
「ハイノ。シェリル様は、ギルバート様の婚約者だ。お前の妻にはならないよ」
伯爵は人が良い……と言えばいいのか、少し気が弱いところがある。だからだろう、ハイノに優しく注意していた。どうでもいいが、辺境の貴族でこういうタイプはとても珍しい。まぁ、こういうタイプもいないといけないのだろうが。
「父上、そんなものは所詮決めつけです。それに、俺は将来優秀な魔法使いになり、伯爵の仕事もきちんとやると決めているんです。シェリル様を苦労させない自信は、あります」
「い、いや、そう言うことではなくて、だな……」
……伯爵、完全に息子に押されているぞ。これじゃあ、埒が明かない。というか、俺がしびれを切らした。持っていたグラスの果実水を飲み干し、ハイノとシェリル、伯爵の方に近づいていく。伯爵はぺこぺこと頭を下げながら、俺の様子を窺っていた。
「ハイノ、人の婚約者を口説くな」
とりあえずは、穏便に解決しよう。そう判断し、俺はシェリルの肩を抱き寄せてそう言う。その際に、シェリルが上目遣いで俺のことを見つめてくる。その所為だろうか、俺の頭の中では「可愛らしいな」という感情が強くなる。我ながら、この年になって恋をするなんて思いもしなかった。
「ギルバート様、お言葉ですけれど、ギルバート様にシェリル様は似合わないですよ」
「……何が言いたい」
「だって、ギルバート様って三十超えているじゃないですか! シェリル様だって、若い男の方が良いに決まっています!」
そう言って突っかかってくるところは、なんというか子供らしい。だが、威勢のよさは将来が楽しみになる。そう思うが、シェリルを口説くことだけは許せない。シェリルはシェリルでハイノのことを少し可愛らしいと思っているのか、あまり強くは言おうとしない。ただ、苦笑を浮かべて俺のことを見上げるだけだ。……シェリルは、年下というか子供に弱いのか。
「若い男が良いとしても、お前は論外だ。年下すぎる」
「ですから、俺は十年経ったら立派な男になるんです! なので、シェリル様は俺と結婚するんですよ!」
……これは、平和的な解決が難しいな。ハイノのその言葉を聞いて、俺はもう穏便な解決方法を考えることを止めた。大人げないなんて言われそうだが、シェリルのことがかかっているとなると、手加減できそうにない。
「ぎ、ギルバート様、その、お顔が怖い、ですよ?」
そんな風に俺がハイノのことを睨みつけていれば、不意にシェリルが俺の頬に手を当ててくる。それに驚き彼女の方を見れば、シェリルはぎこちなく笑った。その後「私は、ギルバート様のことが好きです」と言って微笑む。……女神か?
「ハイノ様、申し訳ございませんが、私はギルバート様のことをお慕いしております。……なので、その求婚は受け入れられません。ハイノ様には、もっといいお方が現れますから」
シェリルの行動に俺が硬直していれば、シェリルはハイノに優しくそう告げていた。その言葉を聞いたからだろうか、ハイノは顔を真っ青にしていた。フラれたのが、相当ショックだったらしい。
「う、うぅ、俺だって、俺だって……!」
さすがは、八歳というべきか。打たれ弱い。いや、違う。多分これは、恋敗れたからこんなにもショックを受けているのだろう。普段のハイノならば、これくらいでへこたれたりしないだろうから。
「じゃ、じゃあ、シェリル様! 十年後、もしもギルバート様との結婚生活が上手くいっていなかったら、俺攫いに行きますね!」
ハイノは、最後にそんな言葉を残して走り去っていった。……おい、パーティーの主役が走るな。そう言いたかったが、それよりも先に残した言葉の方が気になってしまう。……というか、本当で何処でそんな言葉を覚えた。あの子供。
「シェリル……」
「大丈夫ですよ。きっと、子供の戯言ですから。十年も経ったら、私のことなんてきっぱりと忘れて、恋人や婚約者の紹介をしてきます」
「……だと、良いのだけれどな」
自分の額に手を当ててそう言えば、シェリルは「私は、ギルバート様のことを本当にお慕いしております」と言い、俺の頬にまた手を当ててきた。……何だろうか、この可愛らしい生き物は。そして、なんだか様子がおかしい。
「というか、シェリル。まさか、酒を飲んだか?」
「……少し、だけ?」
顔を少し接近させれば、シェリルから微かに酒の香りが漂ってくる。……だから、こんなにも素直に好意を伝えてくるのか。
「シェリル。お前、酒に弱いだろ。人前で飲むなとあれほど……」
「少しだけ、良いじゃないですか。それに、酔ってもギルバート様が連れて帰ってくださいますし」
「……そうか」
普段は少し照れ屋なシェリルだが、酔えば素直に好意を伝えてくる。こういうところも、可愛らしいなぁと思う。……まぁ、サイラスに知られたら「最低」とか言われるのだろうがな。
「シェリル、帰るぞ」
とりあえずは、シェリルを連れて帰るか。酔ったまま人の視線に晒されるのはリスクが高い。そう判断し、俺がシェリルに声をかければ、シェリルは自ら腕を絡めてきた。……本当に、酔った時はいい意味で豹変するな。
「ハイノのことは、忘れろ」
「ギルバート様、嫉妬ですか?」
「あぁ、そうだ」
八歳児に嫉妬とか、どれだけ大人げがないのだと言われそうだ。だが、こんなにも年の差があると、俺だって不安になる。シェリルはいつか、別の人間の元に行くのではないだろうか、と――。
(まぁ、その場合は監禁でもなんでもするけれどな)
でも、俺だって易々と逃がすつもりはない。シェリルが、好きだから。
ちなみに、この出来事から十年後。驚くほど美丈夫になった十八歳のハイノは、俺たちの元に突撃してくる。もちろん、シェリルに求婚するために。……十年経ったのに忘れないのは、素直に感心した。が、易々渡せるわけもなく。その後、二人で大人げない喧嘩をする羽目になるのだが……この時は、そこまで想像を膨らませることは、なかった。
【END】
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