酔っ払いティータイム(ギルバート視点)

 突然だが、俺の名前はギルバート・リスターという。年齢は三十三。過去に婚約者だった女性から裏切りに遭い、いつの間にか大の女性嫌いを拗らせた結果独身を貫いていた辺境伯爵……だ。まぁ、それも過去の話なのだが。


 今の俺には美しくて可愛らしい婚約者がいる。桃色のさらさらとした腰までの髪と、少しだけ吊り上がった形をした水色の目を持つ、十五歳年下の少女。名前をシェリル・アシュフィールド。彼女はアシュフィールド元侯爵家のご令嬢だ。……決して、俺が年下しか愛せないというわけではない。断じて違う。そこだけは、強調しておく。


「シェリルは、今頃ティータイムか」

「えぇ、お茶会の予行練習だと言っておりましたよ。最近ではリスター家の次期夫人として成長されているようで何よりです」


 側にいたリスター家の執事サイラスに声をかければ、そんな説明が返ってきた。……そうか。まぁ、リスター家の夫人ともなれば自主的にお茶会を開く必要もあるからな。主催者側として練習をするのも必要だろう。当然と言えば、当然だな。


「クレアとマリンが、側についてくれているのだな?」

「はい、もちろん。ですから、大丈夫――」

「旦那様!」


 ……噂をすれば、なんとやらだった。俺の元に駆けてきたのはシェリルの専属侍女の一人であるマリンだった。マリンは相当慌てて駆けてきたのだろう、息を切らしている。何か、あったか? まさか、シェリルに何かがあったのでは――!?


「マリン。何があった」

「い、いえ、その、特別何かがあったわけではないのです。ただ……その、クレアが、間違えてしまいまして」

「……何を、だ?」

「えっと、旦那様用にお出しする予定だったお酒がたっぷり入ったケーキを、シェリル様に出してしまいまして……」


 マリンの視線が露骨に泳ぐ。……クレアは、バカなのか? そう思いサイラスに視線を送れば、サイラスは「とにかく、様子を見に行きましょう!」と言って早足で歩いていく。……クレアを、責めるのは後か。


 シェリルは、酒を飲んだことがないはずだ。飲酒可能な年齢である十八歳は迎えているが、本人が好まないとかなんとか。いずれは飲めるようになりたいと言っていたが、俺からすれば……微妙だ。どういう酔い方をするかが分からない以上、下手に飲ませるわけにはいかない。……俺の側でならば、いいのだが。


「というかマリン。シェリルは菓子に入っている程度の酒で、酔ったのか?」

「……どうにも、お酒にすごく弱いみたいでして」

「クレアには、後できつく言っておくか」


 そんなことをぼやき俺は屋敷の庭、つまりシェリルがいる場所に向かう。するとそこでは、シェリルがテーブルに突っ伏していた。その側ではクレアが何とも言えないような表情をしている。……反省は、しているらしい。


「旦那様! 本当に申し訳ございません……!」

「いや、今はそれよりもシェリルだ。シェリルは――」


 今は、謝罪よりもシェリルの様子だ。そう思った俺は、シェリルの肩を軽く叩いてみる。そうすると、ゆっくりとシェリルが顔を上げてくれた。……目は潤んでおり、頬は真っ赤。酒に、相当弱いのだろう。……というか、可愛らしさに拍車がかかっている。これは、ほかの人間の元でなど飲ませられない。確実にお持ち帰りされる。


「ぎるばーと、さま?」

「あ、あぁ、そうだ」


 シェリルは言葉こそ辛うじて発しているが、あまりろれつが回っていなかった。お茶菓子を見れば、かなり食べてしまっている。……酒の味が、分からなかったのか。まぁ、飲まれていないとこんなこともあるよな。うん、そうだ。


「ぎるばーとさまもいっしょに、おちゃ、どうですか?」

「……い、いや、それよりも」


 まずは、水でも飲ませなくては。そう思って俺がマリンに指示を出せば、マリンは手早くコップに水を注いでくれた。そのコップをシェリルに押し付け「飲めるか?」と優しく問いかければシェリルは首を横に振る。……何故、飲めない。


「シェリル。酔っているから、一旦酔いを醒まそう」

「わたし、よってない!」


 ……どうやら、シェリルは酔うとかなり面倒なタイプだったらしい。と言いつつも、シェリルだと思うと面倒だと感じないのだから俺はかなりシェリルに溺れているらしい。サイラスには「ポンコツ」「ポンコツ」とさんざん貶されているが、この状態で手を出さないのは素晴らしいと思う。


「シェリル、な?」

「じゃあ、ぎるばーとさまがのませて」


 ……シェリルは、酔うとわがままになるらしい。頬をぷっくりと膨らませながらそう言って、俺からコップを受け取ろうとはしない。……こういう時、どうするのが正解なのだろうか。そのまま水を飲ませるのが一番なのだろうが、心の中の悪魔が囁く。……もうちょっと、このままでもいいのではないか、と。


「シェリル……」

「旦那様。さっさとシェリル様にお水を飲ませてあげてください」


 俺の心が揺れていると、それを察したのかサイラスに冷たい目で見つめられた。……どうやら、心の中は筒抜けらしい。まぁ、古い付き合いだし仕方がない……わけがない。普通に勘弁してほしい。俺のシェリルへの想いが筒抜けなど、羞恥心で死ねるから。


「……シェリル、仕方がないから飲ませてやる。……もう、わがままは言うなよ?」

「わがままじゃないもん。こういうこと、ぎるばーとさまにしかいわないもん」


 ……この可愛らしい生き物は、一体何なのだろうか。そう思い、俺が呆然とシェリルを見つめていれば、サイラスに軽い足蹴りを食らった。……この執事、俺を主と思っていないだろう。最近、俺はそれを強く認識した。シェリルの父にでもなったつもりか。……俺は、こんな義父絶対にごめんだ。


「んっ」


 シェリルが「早く飲ませて」アピールをしてくるので、俺は仕方がなくコップをシェリルの口元に持って行った。その後、シェリルの顔の動きに合わせてコップを動かす。……正直、俺がこんなことをするなど意外だった。だが、それくらいシェリルが可愛い。十五歳も年下の女に溺れるなんてと、周囲からは笑われるかもしれない。でも、それくらいシェリルには魅力があるのだ。


 コップ一杯の水をシェリルが飲み終えた頃、不意にシェリルが俺のことを見つめてきた。そのとろんとした目が可愛らしくて、抱きしめてもいいか? と問いかけたくなる。しかし、俺のその思考回路はやはりサイラスには筒抜けらしく、また足蹴りを食らった。……本当に、主を主だと思っていないな。この間まで、忠誠心が強くてできた執事だと思っていたのに。


「ぎるばーとさま、わたしのこと、すき?」


 それにしても、酔ったシェリルはいつもの数倍素直だ。小首をかしげてそう言う仕草はとても可愛らしい。だから、俺は静かに「シェリルのこと、好きだぞ」と言ってみる。そうすれば、シェリルはふにゃりと顔を歪めて「わたしも、ぎるばーとさまのことすき」と言ってくれた。……俺、もう今日死んでもいいな。


「シェリル。一旦部屋に戻ろう。……その後、また存分にわがままを言っていいから」

「ほんとう?」

「あぁ、本当だ。……シェリルのわがままならば、いくらでも叶えてやりたい」


 庭でこんな会話をしていたら、ほかの侍従にも見つかってしまう。それは、シェリルとしては本意ではないだろうし、そもそも俺がほかの奴に見せたくない。そう意味を込めてそう言ったのに、シェリルは純粋な目で「だっこ」と言ってくる。……可愛らしい。頬が緩む。側から「冷酷辺境伯の面影がないですね」という声が聞こえたが、無視をする。……そもそも、その呼び名だって俺が付けたわけじゃない。勝手についていただけだ。


「ぎるばーとさまとのけっこん、たのしみ!」


 表情を崩すまいと気を張っていても、シェリルの些細な一言で俺の表情は緩んでしまう。あぁ、可愛らしい。このまま襲ったら……サイラスに殺されるな。やめよう。


「シェリル、あんまり煽るようなこと言うなよ」


 シェリルを抱っこして俺がそう言えば、シェリルは表情を崩して「いいの」というだけだ。……本当に、このシェリルという女の子は小悪魔だ。俺の心をかき乱してくる。なのに、悪い気はしない。むしろ、もっとかき乱してほしいと思う。……何だろうか。結局、これも惚れた弱みなのだろうな、なんて。


【END】

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