番外編

シェリル、幼女になる(ギルバート視点)

 仕事で徹夜をした日の朝。呆然としながら朝食の席に行くと――愛しの婚約者そっくりの幼女が、いた。


 ☆★☆


「おい、サイラス。それからクレアにマリン。これは、どういうことだ……!?」


 ちょこんと可愛らしく椅子に座る、愛しのシェリルそっくりの幼女。彼女はぎこちない仕草で食事をしていた。俺はそんな幼女を一瞥し、クレアとマリン。それからサイラスを問い詰める。もちろん、幼女からは見えない距離まで連れてきた。


「いえ、その……私たちにも、何が何だか」

「はい。朝の身支度に向かいましたら、もうすでにあの状態でして……」

「ということは、あの幼女はシェリル、ということか……?」


 パンのかけらを零しながら食事を摂る幼女を見つめ、俺は目を見開く。さらさらとした腰までの桃色の髪と、大きなくりくりとした水色の目。色彩的にはシェリルそっくりだが、年齢は推定五、六歳と言ったところだろうか。足をばたつかせながら椅子に腰かけ食事をする姿は、とても子供らしい。


「多分、そう言うことになりますよね……。何か変なものでも口にされたのでしょうか?」


 サイラスがそう言って料理人に視線を向けると、料理長は首を千切れんばかりにぶんぶんと横に振る。……そりゃそうだ。料理人たちもシェリルを大層気に入っている。彼女の身体に害があるようなことはしないだろう。


「記憶は、あるのか?」

「……微妙なところ、ですかね。私たちのことを覚えてはいますが、完全に意識は幼児退行してしまっていて……」


 マリンは目を閉じてそう告げる。……忘れられていないだけでも、よかった。そう思い俺がホッと一息をつくと、サイラスが「ですが、このままでは一大事ですよ!」と言って俺のことを睨みつける。確かに、そうだ。推定五、六歳の幼女と婚姻できるわけがない。一刻も早く、元に戻ってもらわなければ。……そう、思う。理屈では分かっている。……のだが、


「俺の知らないシェリルの幼少期の姿を見ることが出来ていると思うと、悪くないな……」


 そう思ってシェリルにこっそりと視線を向ければ、彼女は侍女の一人にかいがいしく世話を焼いてもらっていた。その後、笑顔で「ありがとう」と言っている。……可愛いな。そうか。シェリルの幼少時代の姿はあんなのだったのか。……悪くない。


「旦那様。一言言わせていただきますが、幼女趣味とか止めてくださいね。普通に犯罪です」

「……幼女趣味なんて持ち合わせていない。シェリルだから、良いんだよ」


 シェリル以外の女など、どいつもこいつも同じ顔に見える。言い方は悪いが、シェリル以外の女性に興味がそそられないのだから仕方がない。つまり、俺の中の女性はシェリル、もしくはそれ以外という分類。本当に、最近それを強く実感している。


「私思ったのですけれど、お嬢様が生まれたらあんな感じが良いですよね~! こう、旦那様要素ゼロが良いですよ。男の子だったら旦那様要素入っても問題ないですけれど、女の子には……ちょっと」

「ちょっと、クレア」


 クレアの言葉に、マリンが苦言を零している。だが、マリンのその表情は呆れたようなものだ。多分、マリンも心の奥底では同じことを思っているのだろう。しかし、怒られないかと思い一応苦言を零した。そんなところ、か。が、全く問題ない。


「大丈夫だ、クレア、マリン。……俺も、娘が生まれたらシェリル要素オンリーが良いと思っている。むしろ、シェリルの生き写しで構わない。俺の要素は、必要ない」


 シェリルは大層な美少女。変に俺の要素が入るよりも、シェリル要素だけの方が間違いなく美少女に育つ。……でも、そうなったら結婚させるのが絶対に惜しくなるよな。もういっそ、ずっと側に置いておきたい。変な男に引っかからないように、しなくちゃな。


「旦那様、クレア、マリン。そんな未来の来るか来ないか分からないお話よりも、現在起こっている問題について考えましょう。シェリル様が戻らなければ、娘も息子もありませんよ」


 サイラスがそう言ってため息をつくので、俺は考え込む。……というか、サイラスの言うことはもっともだ。このままではシェリルとの婚姻は難しいし、娘なんて夢のまた夢になる。とりあえず、手っ取り早く元に戻す方法を考えなくては。


「ぎるばーとさま!」

「シェリル様!」


 俺たちが四人で唸っていると、不意にシェリル(幼女版)がそう叫びながら駆けてくる。その後ろでは先ほどまでシェリルの面倒を見ていた侍女がついて来ており、俺たちに「お話し中すみません……!」と言ってぺこぺこと謝ってきた。それに対し、俺は「いや、構わない」とだけ告げると俺の足元にまとわりつくシェリルを、見つめる。……やっぱり、可愛らしいな。天使か。


「ぎるばーとさま、しぇりると、あそぼう?」


 そう言って、シェリルは俺に向かって飛び跳ねる。……これは、抱っこということだろうか。そう思いシェリルを優しく抱きかかえれば、シェリルはニコニコと笑う。どうやら、これで正解だったようだ。


「シェリル様。旦那様はお仕事がありますので……!」


 侍女が、青い顔をしてそう言う。……いや、全く構わない。確かに徹夜明けで寝不足気味だが、シェリルのためならば何日でも徹夜が出来る。そう思いシェリルの髪を撫でれば、、シェリルは顔を可愛らしく緩ませた。……子供の面倒を見るのは実際そこまで好きではないが、シェリルだと思えば全く問題ない。


「……幼女趣味は、止めてくださいね」

「うるさいな。シェリルだからと言っているだろ」


 サイラスの冷たい視線が、俺を射抜く。それに対し睨みつけながら抗議をすれば、サイラスは「シェリル様。旦那様はもう少しお忙しいので、向こうで侍女に遊んでもらっていましょうか」と優しい声音でシェリルに声をかけていた。……おい、俺の時と随分態度が違うな。


「……おいそがしいの?」


 シェリルは小首をかしげ、サイラスにそう問いかける。それにサイラスが首を縦に振ると……シェリルの目に見る見るうちに涙が溜まっていく。そして、そのままぽろぽろと涙を零した。


「シェリル、どうしたんだ?」

「ぎるばーとさま、しぇりるのこと、きらいになった……!」


 何故そうなる⁉ 一瞬そう思ったが、これくらいの年の子ならば拒否されればそう考えてもおかしくはない。俺の中では仕事よりもシェリルの方が大切だ。それでも、シェリルにはそれが伝わっていないということ。


「嫌いじゃない。嫌いじゃないからな。……シェリルのことは、この世で一番大好きだ」

「……ほんとう?」

「あぁ、シェリル以外の人間がどうでもよくなるくらいには、シェリルのことが大好きだ」

「じゃあ、しぇりるとけっこんしてくれるの?」

「もちろん」


 ……我ながら、シェリルと出逢い惹かれるまでの俺は何処に行ったと思う。それでも、シェリルのためならばどんな恥ずかしいセリフでも言えるし、シェリルの機嫌を取るためならばなんだってプレゼントをする。そのために、いろいろと頑張っているつもりだ。……そう、仕事だって根本を言えばシェリルと家庭を持つためにやっている。最近は、その意味合いの方が強い。


「旦那様。ですから、幼女趣味は……」

「お前は本当にしつこいな。……シェリルが泣き止んだのだから、構わないだろ。もう、泣かすな」


 そう言ってサイラスを睨みつけ、疲れたのか俺の腕の中でうとうととし始めるシェリルを見つめる。……何だろうか。子供って、こんなにも可愛らしかっただろうか。そう思いながらシェリルを見つめていれば、シェリルはうとうとしながらも俺に視線を向け、笑いかけてくれた。そのまま、俺の腕の中で寝息を立て始める。……なんというか、すごく騒いだ割にはもう寝るのか。そう思ったが、子供なんてそんなものか。まずは、シェリルのことを寝かせてやろう。そんなことを思った時だった。


「義兄様! 私からのプレゼント、どうだった⁉」


 食堂に、勢いよくジェセニアが飛び込んできた。……いや、一体なんだ。というか、何故お前がここに居る……! そう思いジェセニアのことを睨みつければ、ジェセニアは「想像以上に可愛らしいわ!」と言って俺の腕の中のシェリルを見つめる。


「おい、まさか……」

「ちょっと魔法で、ね? この間義兄様零していたじゃない。『シェリルの子供時代が見たい』って。だから、私ちょっと魔法使いに頼んでシェリル様を幼女にしてみたの。……あ、安心して。明日には戻るわ」

「おい」

「じゃあ、私は帰るわ」

「おい!」


 それだけを告げたジェセニアは、食堂から飛び出していった。アイツ、嵐のような奴だな。そう思うが、それよりもずっと大切なことがある。


(俺、そんなこと零したか……!?)


 確かに、シェリルの幼少時代を見てみたいとは思っていた。が、俺はジェセニアにそんなことを零した覚えはない。そして、それよりも。


「旦那様、ですから幼女趣味は……」

「……お前、それ気に入ったのか?」

「幼女のシェリル様でもいいって、結構マニアックですよね……」

「……クレア、引くな」

「もういっそ特殊性癖でもいいと思います」

「マリン。お前のその真顔での言葉が一番心に突き刺さる」


 この面倒なシェリル親衛隊もどきを、何とかしなくちゃならない。そう思いながら、俺は腕の中で何も知らずに眠るシェリルの顔を見つめた。……やっぱり、可愛らしいな。結局、そうとしか思えない。これもやっぱり――惚れた弱み、だろう。


 ちなみに、明日の朝にはきちんとシェリルは戻った。その時の記憶は全くなかったが、正直に言えば――なくて、よかった。そう、思う。


【END】

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