第46話 大好きなぬくもりと意外な知らせ

 ギルバート様は、その後私のことをぎゅうぎゅうと抱きしめてこられる。……その力は強くて、少し痛いけれど私は嬉しかった。……このお方に抱きしめられていると、なんだか安心できるのだ。だから、私も控えめにギルバート様の背中に腕を回した。


「ギルバート様……その、助けてくださり、ありがとう、ございました……!」

「……いや、最後のはシェリル嬢のお手柄だ」


 そうおっしゃったギルバート様の視線が、未だに気絶されているイライジャ様の方に向けられる。……イライジャ様は、どうやら気絶されたままリスター伯爵領の兵士たちに連行されていた。……なんだか、最後の最後で哀れに見えてしまうけれど、そもそもこうなった原因を作ったのは私……なのよね。反省……しないわね。


 そんなことを思っていると、使用人たちのことを思い出してハッとする。気絶させられているだけだと思うけれど、もう大丈夫……よね?


「サイラスさん」

「シェリル様。使用人たちはみな無事ですよ。……どうやら、ここら辺に結界を張っていたらしく、その所為で気絶させられていたようです」

「……そう。クレア、は」

「クレアもただ意識を失っているだけのようでした。今、先ほどの御者から連絡がありまして」


 サイラスさんのその言葉を聞いた後、どこかにやにやとしているサイラスさんの表情を見て、私は自分がギルバート様に抱きしめられたままだったことを思い出す。……これは、結構恥ずかしいわね。そう思ったら、一気にやってくる羞恥心。だから、私がギルバート様の腕の中から抜け出せば、ギルバート様はどこかしょぼくれたような表情をされた。……このお方、やっぱり不器用で可愛らしい人。


「……しかし、旦那様。馬車ごと転移魔法をかけたので、さすがに魔力の消費量が半端ないですよ」

「悪いな、サイラス」

「まぁ、いいのですけれどね。これでも魔力の量は多い方ですし」


 ジト目でギルバート様を見つめながら、サイラスさんは疲れたように肩を回す。……馬車ごと転移魔法って、なんだか大それたことよ。そう思って私が目をぱちぱちと瞬かせていれば、サイラスさんは「多分、シェリル様も使えるようになりますよ」とにっこりと笑って言ってくれた。……よし、どうせだし習得したい、かもしれない。だって、いざとなったら利用できるもの。


「そういえば、旦那様。シェリル様の護衛の魔法使いは、いつ来られるのですか?」

「……それがだな、あっちはあっちでいろいろと揉めているらしくてな。もうしばらくかかるそうだ」

「……そのお方がいれば、こんなことにはならなかったかもしれませんね」


 サイラスさんはそういうし、正直私もサイラスさんと同意見かもしれない。今回はギルバート様が駆けつけてくださったおかげで助かったけれど、その……やっぱり、出来れば魔力が暴走しそうになった時に止めてくださる魔法使いの方は側にいてほしいかなぁ……って。


「まぁ、半年以内には来ると思う。……多分」

「それは信頼のできない情報ですね」

「まぁな。だが、優秀な魔法使いは引っ張りだこだしな。仕方がないといえば、仕方がない」


 そうおっしゃったギルバート様は、私に少しだけ視線を向けてくださった。そして「シェリル嬢が無事で、本当に良かった」なんておっしゃってくださった。……あぁ、やっぱりこのお方はとてもかっこいい。私は、やっぱりこのお方にべた惚れ……なの、かな、なんて。


(っていうか、そもそもイライジャ様が捕まったらエリカはどうなるの……?)


 そんなとき、ふとそんなことを思ってしまう。エリカはイライジャ様の言いなりに近かったみたいだし、彼がいなくなったら心のバランスを崩してしまうかもしれない。エリカは、精神面でかなり脆い面があるから。……特に、恋溺れやすい性格だったのかもしれない。


「そうだ、シェリル嬢に一つだけ、報告しておかなければならないことがあった」

「……なに、でしょうか?」

「アシュフィールド侯爵家だが、没落することが決まったぞ」

「……え?」


 エリカのことを考えていた時に、突然落とされた爆弾。……私の実家が、没落? 一体、何故? そう思って私が呆然としていれば、ギルバート様は「まぁ、簡単に言えば不正と隠ぺいだな」とおっしゃって、私に何かの資料を見せてくださった。……でも、よくわからない。


「……その、あまり意味が……」

「だろうな。ただ、簡単に言えば脱税。それから、『豊穣の巫女』を報告しなかったという罪だ。シェリル嬢の両親は、しばしの間投獄され平民落ち。エリカ嬢に関しては、投獄はなしで即平民落ちだそうだ」

「……エリカ」


 別に、両親のことは構わない。ただ、どうしてもエリカのことだけは気になってしまう。両親から蝶よ花よと育てられてきたあの子が、平民になって生きていけるとは到底思えない。……哀れ、ね。私に同情されるのは、嫌だろうけれど。


「まぁ、因果応報だろう。……ただ、な」

「……どうか、なさいましたか?」

「不正の情報に関しては、俺が調べたものじゃない。……イライジャの奴が、こっそりと隠し持っていた。……多分だが、脅迫の材料に使おうとしたのだろう」

「それを、どうやって手に入れましたの?」

「マッケラン公爵家について調べていたら、見つかったからコピーしておいた」


 ……それは、その。なんといえばいいかが、分からない。


(っていうか、それは盗みに近いのでは……?)


 それか、内部にこちらの協力者がいたか。その二択のどちらかだと思うけれど、私に真実を知る術はない。……まぁ、とにかく。今わかるのは、イライジャ様が重罪で裁かれること。アシュフィールド侯爵家が没落することで……いいの、よね?


(なんだか、突然のことで脳が追いついてくれないけれど……)


 一つだけ、言えることがある。


 ――悪いことは、出来ないわね。


 それだけだ。

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