第45話 シェリルの膝蹴り
「シェリル様。もう、大丈夫ですよ」
サイラスさんとギルバート様の登場に、ただ驚き続ける私に、サイラスさんがそう声をかけてくれる。さらには、馬車の御者がクレアのことも助けてくれた。……それに、私はほっと一息をついた。……よかった、よかった。そう思って安心する私の手を、サイラスさんは握ってくれて。その後「……よく、耐えられましたね」とにっこりと笑って言ってくれた。
「……お前たちは何故、ここにいる」
「理由など簡単だ。……シェリル嬢が、教えてくれた」
「はぁ?」
ギルバート様はイライジャ様の手首を力いっぱい掴まれて、力強く睨まれていらっしゃった。その迫力は、とてもではないけれど大人でも怯んでしまいそうなもので。その光景を、私はどこか他人事のように見つめながら呆然としていた。……そもそも、私はギルバート様にピンチだということを教えてはいない。助けてとはつぶやいたけれど、それが聞こえていたとは到底思えないし、想像もできない。
「シェリル様。……先日、ハンカチーフを旦那様にプレゼントされましたよね?」
「……えぇ」
「その中に、シェリル様の魔力がこもっておりまして……そのおかげで、魔力暴走の予兆に気が付けました。なので、慌てて転移魔法で戻ってきた次第でございます」
「……そう、だったのね」
そういえば、魔力の高い人間は作るものに自然と魔力を込めることが出来るとかなんとか、聞いたことがある気がする。しかし、私は自らの魔力が戻っているとは想像もしていなかったため、そんなことに気が付きもしなかった。……けど、おかげで助かった、のよね。
「……あと少し、だったのに。どうでもいいが、リスター辺境伯とはいえ、この俺を傷つけることは無理だし、罪に問うことも無理だぞ? 俺は公爵家の令息で、父は王弟だ。家の力で全部もみ消せる」
「悪いが、それも無理だ。先日、シェリル嬢が『豊穣の巫女』である可能性が高いと、国に届け出ておいた。『豊穣の巫女』を傷つけるのは、重罪に値する。どれだけもみ消そうとしても、無理だろうな」
……一体、いつの間に。私はそう思うけれど、その行動のおかげで私が助かったのもまた真実なのだろう。……それにしても、エリカはイライジャ様に利用されていただけなのね。なんというか、哀れな子だわ。どれだけ私の不幸を願っている性悪な妹だとしても、元は家族なのだから。……いや、あっちは私に家族だと思われることを嫌がるか。
「……もうすぐ、リスター伯爵領の兵士が来る。お前は、もう終わりだ」
ギルバート様のその声は、とても低くてやはりとても迫力があって。……なんだか、私は安心してしまった。あぁ、このお方は私のことを助けてくれた。……いつだって、私が困っていると助けてくださるし、弱っていると励ましてくださる。まるで私の王子様みたい。そんなこと、ギルバート様に告げたらきっと否定されてしまうだろうけれど。それでも、そう思うぐらいはいいじゃない。
「そうか。……まぁ、いいよ。けどさ、最後に……少しぐらい、壊しちゃってもいいかな?」
「何を――」
イライジャ様はギルバート様の手を振り払われると、その手をすぐに私に伸ばしてこられる。サイラスさんが慌てて私のことを庇ってくれようとするけれど、それよりもイライジャ様の動きは早くて。私は、また地面に押し付けられてしまった。しかも、今度は首元を掴まれている。……息が、出来ない。苦しい、苦しい……!
「どうせ、重罪になるのならばシェリルを殺してから捕まることにする。……俺はね、シェリルの容姿が元々すごく好みだった。……婚約を解消したのがもったいなさ過ぎて、愛人にでもしようかと思っていたぐらい」
「う、ぁ……」
「それに、俺がくるってしまったのはシェリルとエリカが原因だ。……だったら、その責任を取らせる意味でどちらかでも殺してから捕まることにするさ」
どんどん強まる首元の力に、私の脳がぼんやりとして、視界が真っ白になっていく。ギルバート様とサイラスさんは二人がかりで私のことを助けてくださろうとするけれど、イライジャ様の馬鹿力には敵わないようで。……いや、いや、死にたくないっ! こんなところで、こんな男に――殺されたくないのっ!
そう思ったら、もう何でもよくって。私は思い切り膝で――イライジャ様の、腹をけり上げた。これもきっと、火事場の馬鹿力とかいうやつだったのだろう。それか、魔力が暴走しかけて力が増幅したか。そのおかげで――イライジャ様は、軽く宙を舞う。その後、地面にたたきつけられ、意識を失ったようだった。
「は、はぁ、はぁ、はぁ……!」
ようやく解放されて、私はまた息が吸える喜びに歓喜する。……その所為で、サイラスさんとギルバート様が軽く引いていることには、気が付けなかったけれど。だけど、すぐにサイラスさんは現実に戻ってきてくれたのか、イライジャ様を素早くとらえてくれて。……私、助かった、のよね?
「イライジャ様に殺されるなんて……絶対に、嫌」
その後、小さくそんな声が出てしまう。なんというか、吹っ切れたら人間って強いのね。それを、軽く実感したような出来事だった。
「――シェリル嬢、大丈夫か!?」
「ギルバート様……」
それからしばらくして、軽く引いていらっしゃったギルバート様は、ようやく現実に戻ってこられて私のことを力いっぱい抱きしめてくださった。……あぁ、このお方に抱きしめられるのは、好き。嫌悪感なんて、ちっともない。やっぱり――私は、ギルバート様が、好き。ギルバート様が、私の王子様なんだって、実感できた。
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