第43話 嵐の本性

 けど、そこにいらっしゃるイライジャ様は、イライジャ様だとは思えなかった。イライジャ様はどちらかといえば優男風であり、あまり気の強くないお方だった。もちろん、公爵家の令息としての堂々さや傲慢さは持っていらっしゃったけれど。……でも、ここまでではなかった。


「何の御用、でしょうか。不法侵入で警護を呼びます」

「シェリル。残念だけれど、警備の兵士などは一人残らず気絶させておいた。……そこの侍女も、な」

「クレアを傷つけたのは、イライジャ様でしたのね」


 自分でも驚くほど冷淡な声が出た。それに、自分で驚いてしまうけれど、考えなくても私はクレアたちのことを大切に思っている。だから、傷つけたことが許せない。許せるわけもない。


「いくらイライジャ様のようなご身分でも、やっていいことと悪いことがあります。……早急に、お帰りください」

「それは無理な相談だな」


 私の言葉に、イライジャ様はただやれやれといった風に首を横に振られる。その態度は、とても腹の立つもので。私の怒りのゲージが上がっていく。そのため、私がイライジャ様を強くにらみつければ……イライジャ様は「俺と、やり直そう」なんてふざけたことをおっしゃった。……何よ、それ。私を先に捨てたのは、イライジャ様じゃない。そういう意味を込めてさらに強くにらみつければ、イライジャ様は「どうやら俺は、騙されていたらしい」なんておっしゃりながら、私の手首をまた掴んでこられた。……嫌だ。嫌だ。触られたくない。貴方には、死んでも触られたくない……!


「放してください!」

「随分と、主張をするようになったのだな」


 イライジャ様の手を振り払おうとするけれど、イライジャ様は私の手首を放してくださらない。早く追い払って、クレアたちの手当てをしなくちゃいけないのに……! そう思うけれど、イライジャ様が私のことを解放してくださる気配はない。


「今までのシェリルは、面白味のない女だった。それに、魔力もそれほど多くなかった。とてもではないが『豊穣の巫女』だとは思えなかった」

「……それは、どういう意味ですか」

「俺は『豊穣の巫女』が欲しかった。エリカからそういうオーラが出ていたから、エリカに乗り換えたが……まさか、魔力を奪っていただけだったとはな。俺も弄ばれたものだ」


 やれやれといった風な効果音が付きそうな表情で、イライジャ様は私の顔にご自身のお顔を近づけてこられる。……来ないで。そういう意味を込めて、イライジャ様に掴まれていない方の絵tで彼のことを押すけれど、びくともしない。


「『豊穣の巫女』ではないエリカに、用はない。だからシェリル、俺とやり直そう」


 そうおっしゃったイライジャ様が、私の腰に手を伸ばされる。それが恐ろしくて、私はただその手をよけた。そうすれば、イライジャ様は露骨に舌打ちをされる。やっぱり、今までの態度とは全然違う。


「イライジャ様こそ、今までの態度はすべて演技だったのですか? 私たち姉妹のことを、騙していらっしゃったのですね」

「騙すなんてひどいな。優男を演じていれば、疑われにくいからな。だから、演じていたにすぎない」

「エリカは、どうされますの?」

「あんな奴はもう必要ない。アシュフィールド侯爵家に返すさ」


 ……このお方は、人を何だと思っているのだろうか。そう思ったら、私の身体の奥の魔力がふつふつと湧き上がってくる。それは、怒りからだとわかっている。だけど、本当にここで魔力を暴走させるわけにはいかない。わかっている、分かっているけれど――抑えることが、出来なくなりそうだった。


(ダメよ。ここで魔力を暴走させてしまったら、周りに被害が及んでしまう――!)


 必死に綺麗にした庭も、必死に育ててきた花たちも。すべてが滅茶苦茶になってしまう。そう思って、私が必死に心を抑えつけていれば、イライジャ様は「……強情だ。さっさと暴走させてしまえばいいのに」なんてボソッとおっしゃる。このお方は、私のことで遊んでいらっしゃる。私が魔力を暴走させることを、心待ちにされている。……それから、なんだか、私の体の中の魔力の量が、今までの比ではないほど多くなっていた気がした。


「……そ、そもそも、私には好きなお方がおりますの。だから、貴方の元には戻りませんし、必死にこらえてみせます、から」


 とりあえず、思考を別のルートに追いやらなくては。そう思って私がイライジャ様にそう告げれば、イライジャ様はけらけらと笑笑えながら「リスター辺境伯か?」なんて面白そうにおっしゃった。……何が、面白いのよ。


「あんな奴が、お前に何をしてくれる。俺だったら、シェリルのことを可愛がってやれる。……その魔力を、研究に使わせてくれたら、な」

「……ふざけないで」


 このお方は結局、私のこともエリカのことも「道具」としか見ていなかったのだろうな。それがわかるからこそ、私は絶対にこの人の思い通りになどなりたくない。こんな人に弄ばれるぐらいならば、死んだほうがマシだ。そう思えるレベルだった。


「それに、私……今が幸せよ。だから、何をされても戻らないわ」

「……そうか。じゃあ、俺がその幸せを壊してやる」


 そうおっしゃったイライジャ様は――私の身体を地面に押し倒されてこられた。ま、まさか、だけれど――!


「傷者になったら、リスター辺境伯もお前を捨てるだろう」


 イライジャ様は、楽しそうにそうおっしゃると私に覆いかぶさってこられた。

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