第41話 プレゼントとお願い

「お待たせいたしました、ギルバート様」


 食堂にたどり着いて、私は一番に癖になっていることを言う。そうすれば、ギルバート様はいつものように「気にしなくてもいい」とおっしゃって、手元にある手帳を閉じられた。……お仕事のこと、なのよね。私にはわからないことばかりのことを、ギルバート様はされていらっしゃる。だからこそ、私はこのお方の力になりたいと思ってしまう。


「では、朝食を運びますね」


 サイラスさんがそう言うと、メイドたちが朝食を運んでくる。その光景は物理的には見慣れた光景だけれど、いつになっても心は慣れない。そのため、私が呆然とギルバート様を見つめていれば、ギルバート様はふと「……この間は、助かった」とおっしゃった。……この間。それは、いったいいつのことだろうか。


「シェリル嬢が土の魔力の枯渇に気が付いてくれたから、早めに手を打つことが出来た。民たちから、礼があったぞ」

「……い、いえ、私は……」

「その様子を、明日から見に行ってくるつもりだ。……本当はシェリル嬢のことも連れていきたいのだが……その、だな」


 ギルバート様はそこでお言葉を止められる。それを見たサイラスさんが「はぁ」と露骨にため息をつくと、「危険のある場所に、連れていくことは出来ませんから」とギルバート様のお言葉を引き継いで言う。……そうか。ここは辺境の地だし、危険な地帯も多いわよね。


「領地でも、端の方には魔物が発生しております。そんな場所にシェリル様を連れていくことは、出来ません。ご理解いただけますと」

「……わかりました」


 それならば、仕方がない。私がここで駄々をこねて「行きたい!」といったところでお荷物になるのは目に見えている。そもそも、そういうのはキャラじゃない。ならば、私が出来ることはこのお屋敷でギルバート様のお帰りを待つことだけ。


(そうだわ。今のうちに、渡してしまいましょう)


 食事がある程度並べ終えられたころ。私はギルバート様をまっすぐに見つめて「……少し、よろしいでしょうか?」と恐る恐る手を挙げて言う。そうすれば、ギルバート様は「どうした?」と優しく問いかけてくださった。……そうよ。ギルバート様はこんなにもお優しいお方なのよ。無下にしたりすることはないと、信じなくちゃ。


「わ、私……ギルバート様に、プレゼントを作ったのです。……受け取って、くださいますか?」

「プレゼント、か?」


 私の言葉に、ギルバート様がただ目をぱちぱちと瞬かせる。それを見て私は顔を真っ赤にしながら、マリンにラッピングしてもらったハンカチーフを持って、ギルバート様のもとに近づく。……なんだか「好き」といった時よりも、緊張しているかもしれない。あぁ、私のバカ。


「こ、これ、マリンにラッピングしてもらって……。あまり、綺麗にできたとは言えませんが……」


 ゆっくりと差し出したハンカチーフを、ギルバート様は受け取ってくださった。その後「……解いてもいいか?」とおっしゃるので、私は静かに頷いた。綺麗な真っ赤なリボンを、ギルバート様の指が解く。それはどこか不釣り合いに見えるものの、不思議と似合っているように私には見えた。ごくりと息をのみながらギルバート様の様子を見つめていれば、ギルバート様が私の刺繍したハンカチーフを見て、目を丸くされていた。


「……シェリル嬢?」

「そ、それ、私が、刺繍したの、です。ずっと、渡そうか迷っていて。けど、クレアとマリンに明日から出掛けられると聞いたので、その、渡す勇気が出たのです。もらっていただけると、嬉しい、です」


 しどろもどろな言葉しか、言えなかった。それでも、ギルバート様は表情を嬉しそうに崩されると「ありがたくもらう」とおっしゃってくださった。その後、そのハンカチーフを綺麗にたたむと、ポケットに入れてくださった。……使ってくださる、ということでいいのよね?


「……旦那様。ほかに、何かおっしゃることがあるでしょう」

「……サイラス。お前は本当にお節介だな」


 先ほどまで私たちの様子を無言で見つめていたサイラスさんが、ゴホンと一度だけ咳ばらいをすると、ギルバート様の肩をつつかれる。それにギルバート様は気まずそうに視線を逸らされるものの、すぐに私に向き合ってくださった。


「シェリル嬢。……俺からも一つ、いいか?」

「……は、はい」

「――俺の、正式な婚約者になってくれ」


 ……え? 私は、ギルバート様のお言葉にただ戸惑った。せ、正式な婚約者。それはつまり……婚姻の約束をしてくださるということ、よね? 私のことを、妻にしてくださるということ、よね? 正直なところ、私はイライジャ様のことがあるから婚約なんてあてにしていない。なのに……ギルバート様だと、別だと思ってしまう。


「わ、私で、いいのです、か……?」

「その言葉には語弊がある。シェリル嬢でいいわけじゃない。シェリル嬢がいいのだ。……シェリル嬢以外との婚姻など、考えられないと思っている。……受けてくれるか?」


 そんなの、ずるいじゃない。そんな風に言われたら……断ることなんて、出来やしない。そう思いながら胸の前で手を握って立ち尽くす私に、ギルバート様は「どうだ?」と追い打ちをかけてこられる。……それが、嬉しくて、嬉しくて。私は目から涙をぽろぽろと零してしまった。……バカ。嬉しい時に泣くなんて。私の涙腺、どれだけ脆くなったのよ。


「シェリル嬢!?」

「ち、ちがっ……嬉しいの、です。私、ギルバート様の婚約者に、なりたい、です。どうか、よろしくお願いいたします……!」

「……そうか」


 私の返答を聞かれたギルバート様は、私に柔和な笑みを向けてくださった。その笑みを見ていると、「あぁ、好きだなぁ」と思ってしまって。私は――ギルバート様に、抱き着いた。そんな私の突拍子のない行動も、ギルバート様は受け止めてくださる。その瞬間、使用人たちが「おめでとうございます~!」と言って拍手とお祝いの言葉をくれた。この時、私は間違いなく幸せ「だった」。

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