第40話 好きだから……

 ☆★☆


「シェリル様。おはようございます~!」

「本日もとても良いお天気ですよ」


 リオス伯爵家でのパーティーから、数日が経った。それからの私の生活は、驚くほどの何も変わっていない。ただ、いつものようにリスター家で過ごさせてもらっているだけ。……あのパーティーの日に、私は自分の気持ちをギルバート様に伝えてしまった。けど、だからと言って何かが明確に変わったわけではない。


(ギルバート様が、どう思われたかが知りたいわ……)


 もしかしたら、ギルバート様は私の告白を「冗談」と受け取られたのかもしれない。そんなことはないと信じたいけれど、ここまで何も起こらないとそういうことさえも考えてしまう。……私じゃ、やっぱり妻は務まらないの、よね。こんな教養のない娘になんて、無理に決まっている。


「シェリル様?」

「い、いえ、何でもない、わ……」


 私がいろいろと考えてしまい、寝台から動けないでいると不意にクレアが私の名を呼んで顔を覗き込んでくる。なので、私は顔の前でひらひらと手を振って「なんでもない」という意思を伝える。きっと、失恋なんて大したことではないわ。……ちょっと、胸が痛むぐらいだろうし。そう思っていないと、やっていられなかった。


「あぁ、そういえば、シェリル様。明日から、旦那様は少々お屋敷を離れることになりましたので……」

「……そうなの?」

「はい。とはいっても、二泊三日ですので、すぐに帰っていらっしゃいますよ。サイラスさんと一緒に、領地の様子をまた見てくるだけですので……」


 にこにこと笑いながらそういうクレアに、私は微妙な気持ちになってしまった。正直に言えば、ギルバート様がお屋敷にいらっしゃらないのは寂しいと思ってしまう。だけど、ギルバート様はお仕事なのよね。ならば、私がどうこう言える立場じゃない。


「大丈夫ですよ、シェリル様。私たちがいますから!」

「それに、ほかの使用人たちも」


 私の寂しいと思う気持ちを読み取ってくれたのか、クレアとマリンがそう言ってくれる。そのため、私は自然と笑顔になって「そうよね」ということが出来た。ここに来て、私は少し寂しがり屋になってしまったのかもしれない。……みんなが、私のことを愛してくれるから。私のことを、大切にしてくれるから。


「……ねぇ、クレア、マリン。……私、その、あの……」

「どうかなさいましたか?」

「わ、私、ギルバート様に……プレゼントを、お渡し、したい、の……」


 みんなが愛してくれている。そう思ったからだろう、私の口からはずっと言うか迷っていた言葉が自然と出てきた。実は一週間ほど前から、ギルバート様にお渡ししたくてハンカチーフにウィリスローズのお花を刺繍していた。色はこのリスター家の色である紫色。……しかし、受け取ってもらえるかがわからなくて、未だにそれは私の手元にあった。きっと、ギルバート様のことだから無下にはされないと思う。でも、やっぱり怖かった。


「そ、それに、ね。実はもう……作っていて。ハンカチーフに、刺繍を、してみたのよ。……受けっとってくださると、思う?」


 寝台の上でもじもじとしながらそういう私は、間違いなく恋する乙女だろうな。そんなことを考えながらクレアとマリンを見つめれば、二人はどこか生温かい視線で私のことを見つめていた。……そういう目を、向けないでほしい。その、いろいろと、考えてしまう、から。


「旦那様のことですし、シェリル様からのプレゼントを無下にすることはありませんよ」

「そうですよ。もしかしたら、お守りがてら持ち歩かれるかもしれませんし……!」


 マリン、クレアの順番でそう言って、二人は私に対して微笑みかけてくれる。そのおかげで、私はギルバート様にハンカチーフをプレゼントする覚悟が出来た。はっきりといえば、みんなのいる前で手渡すのは恥ずかしいので、二人きりになったところで……って思ったけれど、そっちの方がもっと恥ずかしいか。ギルバート様と二人きりなんて、何をお話したらいいかがまたわからなくなってしまうわ。特に、この間のことがあるから。


「そ、その……。クレアとマリンから、渡してもらえるっていうことは……?」

「それは無理ですよ。シェリル様からもらってからこそ、価値があるのですから! そうと決まりましたら、今日も綺麗におめかししましょうね~!」


 はりきったようにそういうクレアと、少し呆れたような表情のマリン。……この二人も、私の楽しい日々には欠かせない存在。……もちろん、ほかの使用人たちも。


(私、絶対に実家に戻りたくないの。エリカに、何をされても負けるつもりはないわ)


 そして、そんなことを決意する。その間にも、クレアとマリンは私の今日のワンピースを選んでくれていた。だからその間に私は寝台のすぐ隣にある引き出しから、ギルバート様にプレゼントするために刺繍を施したハンカチーフを、取り出した。どうか、受け取ってくださいますように。そう、祈っていた。

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