第39話 もう、負けない

 そして、パーティーも終盤に差し掛かったころ。私がギルバート様と「そろそろお暇しようか」と話していた時だった。


「あらぁ~、偶然ねぇ。お義姉様?」


 そんな声が、私の耳に届いたのは。間延びした話し方と、甘ったるい声音。さらには私のことを「お義姉様」と呼ぶ。……その声を聞いた瞬間、私の身体は身震いした。……何故、何故彼女がいるの? だって、ここはまだまだ辺境の方。王都貴族である彼女が……いるわけが、ないじゃない。そう思いながら私が俯いていれば、「義妹の声も忘れちゃったの~?」と彼女は言い、私に追い打ちをかけてくる。……彼女が、エリカが、どうしてここにいるのよ……!


「……何よ、その目。私はただ、お義姉様に会いに来ただけじゃない。お父様にお願いして、このパーティーの招待状を手に入れてもらったのよ」


 私が顔を上げ、呆然とエリカを見つめていれば、エリカは勝ち誇ったような笑みを浮かべそう言う。……相変わらず、お父様はエリカには甘々なのね。変わらないアシュフィールド侯爵家の日常のことを考え、私は「はぁ」と心の中でため息をついた。……いや、違うか。アシュフィールド侯爵家は変わった。私という邪魔者がいなくなって、理想の家族になった……はず。


「……ったく、あんたが落ちぶれたのを見てやろうと思ったのに、なんだか幸せそうな顔をしていて、胸糞悪くなったわよ。あんたはいつでも俯いて生活をしていればいいのに。綺麗なドレスなんて身にまとっちゃって、おかしいの」


 エリカはそんなことを言いながら、くすくすと笑う。その笑い声も、私を罵倒する言葉も、何も変わっちゃいない。……面倒で、浅はかで、私の不幸を望み続けるエリカそのもの。


「イライジャ様はね、私ととても仲良く過ごしているのよ。……あんた、冷酷な辺境伯の元に嫁がされたって聞いたから、殺されたかと期待していたのになー。あー、あんたの幸せそうな顔を見たら、気持ち悪くなっちゃったわ。あっ、イライジャ様~!」

「……エリカ。それから、シェリル」


 ぶんぶんと行儀悪くエリカが手を振る先には……私の元婚約者である、イライジャ様がいらっしゃって。彼はその豪奢な衣装に似つかわしくないほど、微妙な表情を浮かべていらっしゃって。……きっと、私と対面したのが嫌だったのね。彼は、エリカを本当に愛しているもの。


「私ね、今度イライジャ様と豪勢な挙式を挙げるのよ。……あんたじゃ、絶対に挙げられないようなものよ。……周りにお祝いされながら、私はイライジャ様の妻になるの」


 イライジャ様の腕に、自らの腕を絡めながらエリカはそういう。その言葉に、私は何も言えなかった。言い返したら、面倒なことになる。それが分かっていたからこそ、黙ってやり過ごそうとしていた。けど、やはり悔しさだけは募っていくもので。……ギルバート様と絡める腕に、私は力を入れてしまう。その瞬間、ギルバート様は心配そうに私のことを見つめてこられた。


「あんたは私の幸せを、指くわえてみていればいいのよ。……ふふっ、惨めなお義姉様っ!」


 エリカは嬉しそうにそう言いながら、その愛らしい水色の目を細める。金色のふわふわとした綺麗な髪は、彼女がそれほど大切にされてきたという証拠で。……どうしようもないほど、私は悔しくなってしまった。


「……エリカ嬢、だったな」


 私がじっと俯いてエリカの言葉に耐えていると、不意にギルバート様は私と絡めた腕をほどき、私の肩をご自身の方に抱き寄せられる。そして、エリカをただまっすぐに見つめられていた。……いや、見つめるなんて生ぬるいものじゃない。鋭い目で、これでもかというほど敵意を露わにし、エリカのことを睨みつけていらっしゃった。


「な、なに、よ……」


 そんなギルバート様の様子に、エリカは狼狽える。ギルバート様には、とても迫力がある。そんなギルバート様が不機嫌になられれば……周囲の温度は、二度ほど下がったかのような感覚に陥ってしまう。そんな風に思いながら、私はただ茫然とギルバート様のお顔を見つめていた。


「はっきりと言おう。先ほどからエリカ嬢の言葉は大層不快だ。……シェリル嬢の不幸を願うのならば、俺は喧嘩を売られたと受け取り、それ相応に報復をさせてもらう。……いいな?」

「なっ、わ、私は、アシュフィールド侯爵家の娘で……イライジャ様の婚約者よっ!」

「そんなものは知らない。俺はリスター辺境伯爵家の当主だ。……イライジャ・マッケランだったな。お前は、この意味が分かるのではないか?」


 微かに震える私の身体。けど、その震えは恐怖からではなくて。……嬉しさから、だったのだろう。ギルバート様は、私のことを思ってくださっている。それが嫌というほど伝わってくるからこそ……私は幸せだった。目の前に、エリカとイライジャ様がいらっしゃったとしても。


「……エリカ、帰るぞ」

「い、イライジャ様! 貴方の権力は、こんな男に……」

「リスター辺境伯の機嫌を、損ねるわけにはいかない。……エリカ、辺境伯は、それほどまでに高位の人間だ」


 ギルバート様の威圧の効果からか、イライジャ様はエリカの腕を引っ張ってこの場を立ち去ろうとされる。それでも、エリカは渋る。……そんなエリカのことを見ていれば、私は落ち着くことが出来た。


「エリカ。私、今すごく幸せなのよ。……その幸せを壊そうとするのならば……たとえ貴女でも、許さないわ」


 いいや、貴女だからこそ許さない。目でそう訴えれば、エリカは気まずそうに視線をを逸らしイライジャ様に回収されていった。そんなエリカとイライジャ様が私たちの場所から完全に見えなくなったとき。……パーティーの終了時間を知らせる、鐘がホールに鳴り響いた。

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