第38話 嫉妬

「シェリル嬢! ……ジェセニアは、余計なことを吹き込んでいないだろうな?」


 それから数十分が経ち。ジェセニア様とある程度話し終えた私はギルバート様の元に戻ってきた。私が戻ってくるとギルバート様は私の肩を軽くつかまれた。そして、ギルバート様の視線はジェセニア様を軽くにらみつけていらっしゃる。……別に、余計なことを吹き込まれた覚えはない。ただ、アドバイスにならないアドバイスをもらっただけ。


「まぁ、義兄様は私のことを疑うのね。……私たち、一緒に遊んだ仲なのに」

「俺が一方的に面倒を見させられていただけだろう」

「確かにそうですわね。それに、これ以上義兄様をからかうと勘違いされてしまいそうですして……私はこれにて失礼しますわ」


 にっこりと笑ったジェセニア様は、私のことを一瞥し「いつでも、相談には乗るわよ」とだけ耳打ちしてこられると手をひらひらと振って立ち去って行かれる。その様子を、たくさんの人々が見つめていらっしゃる。ジェセニア様は大層な美貌を持っていらっしゃるから、人を惹きつけて止まないのだろうな。


「シェリル嬢。ジェセニアには、何も吹き込まれていないだろうな?」

「……特には、何も、ただ――」

「ただ?」

「アドバイスにならないアドバイスを、いただきました」


 さすがにギルバート様に当たり散らすことは、私にはできない。だからこそ、私が少し頬を赤らめて下に視線を向けてしまう。だって、私は……その、それとなくギルバート様のことを好いているのだから。そんな当たり散らすなんてこと、できやしない。


「……シェリル嬢」


 そんな私を見てか、ギルバート様が私の肩をつかむ手に力を籠められる。その後、その手を私の手首に移動し、私の手首をしっかりとつかまれた。……一体、どうなさったの? そういう意味を込めてギルバート様を見つめれば、ギルバート様は苦しそうな表情をしていらっしゃった。


「ギルバート様?」


 だから、そんなギルバート様が気になってしまった。私は無意識のうちに捕まれていない方の手をギルバート様に伸ばしてしまう。けど、私の手がギルバート様の頬に触れそうだった時。ギルバート様は顔をそむけてしまわれた。


「……いや、何でも、ない。ちょっと、だけ……」

「何でしょうか?」

「……少しだけ、嫉妬をした。ジェセニアとは隠し事をするのか、と思ってな。……本当に、年甲斐もないな」


 そうおっしゃたギルバート様は「はぁ」と露骨にため息をつかれる。その様子が、やはりどこか可愛らしい。そう思いながら、私は「隠し事のつもりでは……」ということしか出来なかった。私は隠し事をしたかったわけじゃない。それがギルバート様を傷つけたりしたのならば……私は、謝らなくちゃいけない。


「わかっている。ただ、ジェセニアの目に腹が立っただけだ。……悪かったな」


 そのお言葉とほぼ同時に、私の手首が解放される。ギルバート様に掴まれていた手首が熱い気がするのは、きっと気のせいではないだろうな。そう思いながら、私はその手首をさする。……体温は、平常。


「それに……俺、ほかにも嫉妬した」


 私がそんな風に手首をさすっていると、ギルバート様は突然そんなカミングアウトをされた。……嫉妬? そんなことをしている素振りは、なかったような―ー。


(もしかして、ジェセニア様が現れる前に少し不機嫌だったのは……そういうこと?)


 そして、私はそんなことを思ってしまった。ジェセニア様が現れる前、ギルバート様は少し不機嫌だった。それはもしかして……嫉妬してくれていたのかも、なんて。


「俺、シェリル嬢がほかの輩の視線に晒されて、嫌だと思った。……本当に心が狭いな。シェリル嬢のことを『綺麗だ』やら『美しい』と言われたら、喜ぶべきことなのに……。俺は、そう思えなかった」

「そ、それは……」


 まさか、よそのお方が私のことを見てそんな風に話していたなんて、夢にも思わなかった。……けど、やっぱり嫉妬してもらえるのは素直にうれしい……かもしれない。それだけ、私のことを好いてくださっているということだもの。


「わ、私も……その、ギルバート様のことを褒められたら……その、微妙な気持ちになってしまう、かも、しれません……」


 しどろもどろな言葉だった。それぐらい、その言葉は照れくさくて。私は視線を逸らしながらそういうことしか出来なくて。そんな私の言葉に、ギルバート様は「……そうか」とおっしゃるだけだった。そんな言葉を聞いて、私はギルバート様の衣装の端をつまんだ。……これが、今の私にできる精いっぱいの好意を伝える方法だったから。


(会場の空気も気にならないし、声も聞こえないわね。それぐらい私……ギルバート様に夢中なのか、も)


 会場内の喧騒など全く気にならない。ただ、目の前にいらっしゃるギルバート様のことしか、見えなかった。きっと、この時にはすでに私はギルバート様に惚れていた。それこそ、幸せだと実感できるほどには、惚れこんでいた。

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