第36話 美貌の令嬢

 リスター家を出て、王都に向かって馬車を走らせること約一時間半。たどり着いたのは、リスター家には劣るものの、豪華なお屋敷だった。どこか煌びやかな印象を与えるそのお屋敷の全体的な色合いは青色。その青色は涼しげな印象を与えてくる。リスター家は紫色だったので、いろいろと違うなぁと思ってしまう。


「シェリル嬢。……その、本当に大丈夫、か?」

「はい、大丈夫です。ギルバート様は心配性ですね」


 馬車に乗り込んでから何度問いかけられたか分からない問いかけに、私は苦笑を浮かべながら返事をする。ギルバート様は心配性で、とても過保護だ。私が傷つくのを出来る限り避けようとしてくださる。……でも、私は分かっている。傷つくのを避けてばかりでは、この世の中は生きていけないって。それは、実家での虐げられてきた生活があるからこそ分かること……なのかもしれない。


「そうか。……じゃあ、行こうか」

「はい」


 ギルバート様にエスコートされ、パーティーホールに入ればその熱気に何処か意識が飛びそうになった。……社交界に顔を出すのは久々だし、そもそも婚約解消の騒動以来行きたいとも思わなかった。指をさされて笑われるのが少し怖かったから。……それでも、ギルバート様のお隣に並びたかった。だから、私は今日参加を決めた。


 ギルバート様のお隣を堂々と歩いていれば、周囲の視線は徐々に私たちにくぎ付けになる。……正体が、バレてしまっただろうか? そう思うと少しだけ怯んでしまいそうになるけれど、私はそれをグッとこらえて背筋を伸ばして前だけを向いた。こういう時は、堂々とした方がいい。サイラスさんは、そう教えてくれた。


「……おい、リスター辺境伯だぞ。しかし……同伴している女性は、誰だ?」


 そんな声が聞こえてきても、お構いなし。時折ギルバート様が苦しそうな、悔しそうな表情をされているのは、私のことを思ってくださっているから……でいいのよね? けど、苦しそうなのはまだしも、悔しそうな表情の意味は分からないわ。……だけど、それよりも。


(……ギルバート様のお隣に並んでいて、恥にならないようになりたいの)


 社交界なんて、足の引っ張り合いで蹴落とすことなんて当たり前。貶すことさえも普通に許される世界。ならば、私のことを悪く言ってギルバート様のことを貶めようとされるお方だっていらっしゃるはず。……だったら、私は堂々とするだけだ。堂々と歩いて、完璧に振る舞う。それが、私が出来る精一杯のこと。


「あのご令嬢、すごく綺麗ですな。リスター辺境伯の婚約者でしょうか?」

「しかし、新しい婚約者が出来たという話は聞いておりませんな。……もしかすれば、現状は候補なのかも」

「でしたら、私の息子の妻に……ごほん、なんて冗談ですよ。ははは」


 周囲の会話は、とぎれとぎれにしか聞こえてこない。でも、私たちのことを噂しているのだけは分かる。……ダメよ。ここエ辛くなってしまったら、ギルバート様のお側に居られない。彼との未来が、なくなってしまう。


(私、恋のようなものををしてしまって弱くなったわ。ギルバート様にいいように見られたいって、役に立ちたいって思ってしまったもの……)


 今までならば、誰になんと言われようと構わないし、勝手に言っていろ状態だった。誰になんと噂されようとも、心は動かなかった。しかし、今は私のことはともかくギルバート様のことだけは悪く言われたくないって思ってしまって。私は、下唇をぎゅっと噛みしめた後、少しだけ俯いてしまった。……ダメよ。堂々とすると、決めたのに。


「シェリル嬢。そんなに緊張しなくてもいい。……俺が、フォローするから」

「……ありがとう、ございます」


 そんな私を見て、ギルバート様は私が緊張していると受け取られたのだろう。そんなことをおっしゃって、私と絡める腕に力を入れてくださった。……本当に、ギルバート様はお優しくて素敵な人。こんな人が、冷酷なんて言われるのはなぜなのだろうか。私のことを、こんなにも気遣ってくださるのに。


「おい、今あのご令嬢笑ったぞ……! 美しすぎる……!」

「だが、あの様子だとリスター辺境伯も気に入っていらっしゃるご様子。……あぁ、もっと早くに出逢えていれば……!」


 私はギルバート様の気遣いが嬉しくて、そのことで頭がいっぱいだった。そのため、他の方々が私の「容姿」についてこそこそとお話していることに気が付かなくて。私は、ただにっこりと笑っていた。私が笑えば笑うほど、ギルバート様のお心を乱しているなんて、想像もせずに。

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