第35話 パーティー当日
「うわぁ~! シェリル様、とてもお綺麗です! お化粧もドレスも髪型もとてもよくお似合いで……!」
「クレア。それは一種の自画自賛になるわ。……けど、そう言いたくなる気持ちも分かる」
ぱちぱちと嬉しそうに手を叩くクレアと、うんうんと満足げに頷くマリン。そんな二人を鏡台の鏡越しに見つめながら、私はじーっと自身の姿を見つめる。若いのだからとクレアが施したお化粧は、薄め。こういうのを異国ではナチュラル系とか言うらしい。そう言うのは、一度訊いたことがある。
それから、身に纏うドレスは淡いアクアブルーのもの。デザインは何処か大人っぽく、それでいて見方によっては可愛らしい。立ち上がって歩いてみるけれど、ヒールの高さも丁度良くて全く負担にはならない。髪型に関してはいつも下ろしているだけの桃色の髪に軽くウェーブをかけ、編み込みにしてある。……これも、クレアとマリンの美容の腕のおかげだろうな。
「……綺麗、ね。まるで、私じゃないみたい……」
実家にいたころは、社交の席に出てもすぐに帰っていたし、そもそもこんな綺麗なドレスを持っていなかった。身につけるものはすべてがエリカのお下がり。お化粧も侍女を付けてもらえなかったので、自ら軽く行った程度。……それに比べたら、これは天と地ほどの差がある。
「いえ、これは正真正銘シェリル様ですよ」
私が鏡に映る自分を見つめていると、クレアは私の両肩に手を置いて、軽く微笑んでくれた。だから、私も自然と笑えた。……今回のパーティーに、知っている人はいないと思う。そのため、私が笑い者になる可能性は低いと思うのだけれど……。
(何なのかしら。昨日から、胸騒ぎが収まらないわ……)
何故か、昨日から胸騒ぎが収まらないのだ。それはまるで、嫌なことがあると直感が告げているようで。まぁ、とにかく。昨日から不安が胸の中に渦巻いて消えてくれないのだ。
「マリン。旦那様に準備が整ったと言ってきてよ」
「分かっているわよ。では、シェリル様。しばしお待ちくださいませ」
クレアの指示に、マリンはそれだけの言葉を残して従う。そして、私はクレアと二人きりになっていた。このリスター家にはたくさんの使用人がいるけれど、正式に私付きをしているのはクレアとマリンだけ。まだ、客人という扱いだから。でも、その扱いに不満はない。むしろ、その……別の特別扱いをされてしまう、私が変に意識をしてしまうと思う。
「シェリル様」
そんなことを考える私に、クレアはふと声をかけてくれるとにっこりと笑ってくれた。その後「……この家に、ずっといてほしいですね」と私に告げてくれた。
「旦那様には、シェリル様のような素敵な奥様が必要です。なので、是非とももっとグイグイと迫ってあげてください」
「……でも」
「『でも』なんておっしゃらないで。旦那様だって、シェリル様のことを意識されているではありませんか」
クレアのその言葉に、私の頬がカーッと熱くなっていく。この間看病をしてもらった時、私は確かに告白紛いの言葉を受けた。……それを思い出してしまって、変に意識してしまう。あぁ、ダメよ。期待なんてしても、無駄じゃない。心の何処かがそんなことを言ったけれど、私は期待したかった。
「……だけど」
「――シェリル嬢、入るぞ」
私がクレアに言葉を返そうとした時だった。お部屋の扉が数回ノックされて、ゆっくりと扉が開く。そして、他でもないギルバート様がお部屋に入ってこられた。その衣装は普段のラフなものとは違い、正装のきっちりとされたもの。……その、こういうのも素敵かなぁって。
「……あの、ギルバート様」
私の姿を見て、扉のすぐそばで硬直されてしまうギルバート様。そんなギルバート様に私は恐る恐る声をかけた。……何か、まずいことでもしただろうか? そう思って私がびくびくとしていると、ギルバート様はいきなりハッとされ「……似合っている」とだけ端的におっしゃった。……それだけしか、おっしゃってくれないの? 一瞬そう思ったけれど、ギルバート様は照れたような表情をされていたため、その言葉を私はグッと飲み込んだ。だって、口元を押さえながら視線を逸らされるギルバート様は……その、とても可愛らしかったから。
「ギルバート様も、とてもお似合いです。素敵です」
だから、私の方もギルバート様から視線を逸らしながらそう言ってしまう。……褒め言葉は、相手の目を見ながら言えるものじゃない。特に、意識をしている相手だと。そんなことを考えながら、私たちはただ無言で向き合っていた。
そんな私たちをにやにやと見つめるクレア。こっそりとため息をつくマリン。そんな微妙に甘ったるい空気を壊したのは、お部屋にやってきたサイラスさんで。
「ほら、行きますよ! もうお時間はないのですから!」
「お、おい、待て!」
サイラスさんはギルバート様の腕を掴み、そのまま玄関の方へと連れ出していかれる。なので、私もクレアとマリンい目配せをして、そのまま玄関の方に歩いて行った。途中、ギルバート様の「何故俺だけ……!」と恨みがましい声が聞こえたけれど、それは聞こえないふりをしておいた。サイラスさんって、結構ギルバート様の扱いが雑なのよね。そんなことも、今更ながらに実感した。
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