第34話 シェリルの初めてのわがまま

「……シェリル嬢、それは本気、なのか?」


 私のお願いに、ギルバート様は疑い深い目で私のことを見つめてこられる。なので、私は静かに頷く。だって、ギルバート様のお隣に私以外の女性が並ぶことが本当に嫌なのだもの。きっと、ギルバート様はそんな私の気持ちに気が付いていらっしゃらないだろうけれど。


「これが、私の最後のわがままです。……お願いします」


 これからは、大人しくなるから。そう言う意味を込めてゆっくりと頭を下げれば、ギルバート様はしばし考えられたのち「……最後なんて、言うな」とおっしゃり、ぎこちない手つきで私の頭をなでてくださった。


「今からも、たくさんわがままを言ってくれ。……こんな年上の男に出来ることは、シェリル嬢のわがままを叶えることだけだ」

「……ギルバート様」


 ギルバート様のそのお言葉に、私は息をのむ。……だけど、ギルバート様に出来ることはそれだけじゃない。私は、ギルバート様のお側に居たい。ギルバート様のお側で、ギルバート様のことをお支えしたい。だから、他にできることはたくさんある。


「わ、私、きちんと社交のことを覚えますから。……きちんと、頑張ります。ギルバート様の恥にならないように」


 ……不思議だった。今まで、誰かのために頑張ろうなんて思ったことは一度もなくて。それぐらい、私にとって周囲の人間はどうでもいい存在で。なのに今、私はギルバート様のために頑張ろうと思っている。それはつまり、それだけ私の中でギルバート様の存在が大きくなったということなのだろうな。


「……旦那様。何故、旦那様がボーっと突っ立っているのですか。何故、シェリル様に誘わせるのですか。旦那様の方からお誘いしなくては……」

「べ、別に構わないだろう。……シェリル嬢の気持ちを尊重するためには……」

「それは尊重とは言いません。ただのヘタレです」


 サイラスさんはそう言って、ギルバート様の脇腹を肘で強くつつく。それを見ていると、私はやっぱりくすっと声を上げて笑ってしまって。その後、なんだか照れくさくて窓の外にふと視線を移した。窓の外では小さな鳥が飛び立ったばかりのよう。……だけど、何処か空の様子がおかしい。一雨来るかもしれない。


「シェリル様。さぁ、そうと決まりましたらドレスの支度もしなければなりませんね! クレアとマリンに採寸させて、デザイナーを明日にでも呼びましょうか」

「えっと……この間、採寸したばかりでは?」

「クレアから聞きましたが、シェリル様はあの時明らかに痩せすぎでした。今はたくさん食べてくださっているので、少し健康的になられたかと」


 ニコニコと笑ってサイラスさんはそう言うけれど……それって、裏を返せば太ったということでは? そう思い、私は「痩せなくちゃ」と呟いてしまう。社交界では痩せた方が、綺麗にドレスを着ることができると言われている。そのために、少しでも痩せて見せようとコルセットをぎゅうぎゅうに締め付ける場合が多い。……私は、今までそんなに見た目を気にしていなかったので、そこまではしなかったけれど……その、ギルバート様のお隣に並ぶ以上は綺麗になりたい。


「……シェリル嬢。シェリル嬢の言葉には、今回は同意しかねる。……社交界が何だ。もっと健康的になればいい。……シェリル嬢も、そのままの体型が一番だ」


 私の呟きを聞かれてか、ギルバート様は一度「はぁ」とため息をつかれた後、そうおっしゃった。……今のは、褒められた、のよね? その判断がうまく出来なくてただ茫然とする私と、何を思われたのか突然照れられるギルバート様。そんな二人が醸し出す微妙な空気が漂う中、サイラスさんは手をパンっとたたくと「さぁ、準備に取り掛かりますよ!」と言って空気を変えてくれた。それが、とてもありがたかった。


「シェリル様。デザイナーは明日呼びますので、本日は採寸だけ済ませましょうね。何か、ご希望は?」

「……先にお花の様子を見に行きたいわ。一雨来そうだもの」

「そちらのご希望ですか。はい、それは全く構いませんよ。シェリル様は、お花を大層可愛がっていらっしゃいますからね」


 私の希望をサイラスさんはすんなりと通してくれた。


 私が今育てているのはこの国にしか咲かない品種の薔薇、ウィリスローズというもの。育てるのは比較的簡単だけれど、奥が深くて育て方次第で花弁の形や色合いが変わってくるという神秘的な薔薇。……私は、あの花が咲くのを心待ちにしている。


「では、クレアとマリンを呼びまして、まずはお花の様子を見てきてください。他の侍女に採寸の準備はさせますので」

「……そう、ありがとう」


 使用人にはペコペコしない。だけど、それとなくお礼は言う。それは、私がここに来て学んだこと。その教えの通りに私がサイラスさんにお礼を言えば、サイラスさんは満足そうに頷いてくれた。それはきっと……これに関しては、認められたということなのだろうな。

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