第33話 ちょっとだけ、照れる
(お、重い……! でも、それよりも……!)
なんというか、密着してしまったのが気になる。私には恥じらいの気持ちなど全くないと思っていた。しかし、どうやら少しはあったらしい。……いや、ギルバート様に好意を抱き始めてから、家出していた気持ちが戻ってきたのかもしれない。……バカみたい。
「おい、サイラス! お前、何をして……!」
ギルバート様は起き上がりながら、サイラスさんに文句を言う。でも、それからすぐに私に気が付いてくださったのか、「わ、悪い」とだけおっしゃって、私の上からすぐに移動された。……重たかったし、人に見られたら勘違いされそうな体勢だったけれど……その、ちょっと密着出来て嬉しかったかも……なんて。
「……旦那様。そこは、怒るよりも先にシェリル様を心配するところでしょう。そんなことですから、元婚約者に浮気されたのですよ」
そんなギルバート様を見つめながら、サイラスさんは「はぁ」と露骨にため息をついたのちそう言う。その言葉にハッとされたのか、ギルバート様は私の両肩を掴み「怪我は、ないか?」と私のことを心配してくださった。……ギルバート様は、どこか不器用だ。だから、私を無視していたわけではない。それは分かっている。だから、怒る気力も湧かなくて。
「大丈夫です。怪我は、ありません」
少しギルバート様から視線を逸らして、私はそう言う。。そもそも、なんというか密着した感触がまだ鮮明に分かるから、ギルバート様のことをまっすぐに見つめることが出来ない。顔も何処か赤くなっているような気がするし、照れてしまって動けない。私のそんなおかしな様子を見られたからか、ギルバート様は「何処か、痛いのか?」なんてしつこく訊いてこられる。……違う。痛くない。
「い、たくは、ありません。……ただ、その……」
言葉には、したくないこともあるのだ。そう思うのに、ギルバート様は全く察してくださらない。……確かに、これでは女性の心など全く理解できていないということが分かる。サイラスさんの言うことは、ごもっともだ。普通、こういう時に女性の気持ちに気が付くことができないと、愛想を尽かされてしまうだろうし。
「……旦那様。貴方は本当にポンコツですね。……シェリル様は、いろいろと考えていらっしゃるのですよ」
サイラスさんがギルバート様を私から引きはがしながら、その頭を軽くはたかれる。でも、ギルバート様のその目は本当に意味が分からないとでも言いたげで。本当に、ギルバート様は乙女心なんて微塵も分からないのね。いや、私のものを乙女心と言っていいのかは、分からないけれど。
「シェリル様。すみません、ポンコツな旦那様が……」
「い、いえ、お気になさらず……」
首をブンブンと横に振りながら、私は必死にそう訴える。サイラスさんの言葉が気に障ったのか、ギルバート様は「俺の何処がポンコツだというのだ」なんて問いかけていらっしゃった。……その表情は、何処かムッとされていて。少しだけ子供っぽく見えてしまう。
「はぁ、女性の心を貴方はもう少し理解してください。分かりますね? 優しさだけで女性の心を掴めると思ったら大間違いです!」
「……」
確かに、サイラスさんの言うことはこちらもごもっとも。女性の心は繊細だから、優しさだけでは掴むことは出来ない。だけど、私はこう言う少しポンコツな人は好き……かもしれない。
「……シェリル嬢。そ、その、だな……俺は、どうにもシェリル嬢の気持ちが分からない。……教えてくれ」
「む、無理です! 無理ですから!」
そんな、意識しているからこうなっているなんて言えるわけがない。そんな意味を込めて私がまた首を横にブンブンと振れば、サイラスさんはまたギルバート様の頭をはたかれる。その後、「本当にバカですね!」なんて小言を零されていた。
「普段から不器用だとは思っておりましたが、本気で恋をしたら今度はポンコツ化なんて、いい大人が何やっているのですか! もっと、シェリル様のお気持ちを汲み取ってください。旦那様はシェリル様のお気持ちを尊重したいとおっしゃっていたではありませんか」
「確かにそれは言ったが、それをシェリル嬢の前で暴露するな!」
「別にいいではありませんか。ヘタレで不器用でポンコツな旦那様の代わりに、私が一肌脱いであげているのですから」
「本当に余計なお世話だな」
……私のことを無視して、ギルバート様とサイラスさんは口喧嘩を始めてしまう。……そ、その、私はこう言う場合どういう反応をすればいいのだろうか? そう思いながら目をぱちぱちとさせていると、なんだふと面白くなってしまって。私は「クスッ」と声を上げて笑ってしまった。……あぁ、なんだかおかしい。いろいろと、考えていたことが吹っ飛んでしまった気がするわ。
「ギルバート様。一つだけ、お願いがあります」
「……どうした?」
そう思ったら、もうこの人のお側に居たいということしか考えられなくて。私はギルバート様の目を見て、静かに口を開いて言葉を紡ぐ。
「私を、今度のパーティーのパートナーとして同伴させてください」
たったそれだけの、お願いを。
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