第32話 もしも、自分に自信が持てたならば
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「……パーティーに出席、ですか? 私が、ギルバート様のパートナーとして?」
「はい、そうでございます」
私の安静も無事に解け、元の生活に戻り始めたころ。サイラスさんは私の授業が終わると、ふとそんなことを告げてきた。……パーティーに、参加するの? しかも、ギルバート様のパートナーとして? ……正直、行ってみたい気持ちはある。でも、やっぱり私がパートナーというのは無理があると思ってしまう。
「私、は……その、あまりそう言うのが得意ではなくて」
そう思ったら、もう断わることしか出来なかった。ギルバート様の婚約者になりたいのならば、社交の場に出席する必要がある。それは、分かる。しかし、そもそもな話私は社交の場が嫌いだ。イライジャ様に婚約を解消された場であるというのも関係しているけれど、どうにも昔から人の視線が痛い。
「さようでございますか。ですが、そうなってしまえば旦那様は別の女性をお誘いするしかありませんね……」
「……」
そんなサイラスさんの言葉に、私は何故かムッとしてしまった。もしも、ギルバート様がほかの女性をお誘いして社交の場に行かれることになれば……少し、嫌かもしれない。でも、私が社交の場に行くのは少しどころかかなり嫌。……ギルバート様お一人に行っていただくのも、多分無理。
「ど、何処のお家、ですか?」
そう思ったら、私は震える声でそう言っていた。パーティーには参加したくない。だけど、もしも。もしもまだ知らないお家ならば……参加できる、かもしれない。
「主催はリオス伯爵家でございます。あのお家は代々懇意にしていただいておりまして、遠縁の親戚にもあたりますよ」
「……そ、そう」
リスター家の遠縁の親戚ということは、悪い人はいない……と思いたい。そして、それを聞いてもイマイチ参加する決心がつかない。もしも、遠慮のない視線に晒されたらどうしようとか、そう言う考えばかりが思い浮かぶ。……今までならば、そんなこと大して気にもしなかったのに。今は、人にどう見られるかを気にしてしまう。……いいや、これは違う。ギルバート様にどう思われるかばかりを、気にしているのだろうな。
(ギルバート様だって、悪い噂のある女性とは一緒に居たくないだろうし……)
そんな可能性が思い浮かべば、余計に決心がつかなくなる。そんな私を見てか、サイラスさんは「パーティー自体は十日後ですので、まだしばらく考える時間はありますよ」と言ってくれた。……十日後。ということは、長くても三日以内には答えを出さなくてはならない。準備だってあるだろうし、一週間前にはいろいろと決める方が楽なはず。
「……わた、しは」
声が震える。いつの間にか社交の場に行くことに対しての嫌悪感よりも、ギルバート様のお隣にほかの女性が並ぶということへの嫌悪感の方が強くて。恋は人を強くすると誰かが言ったけれど、実際は弱くしていると思う。私は、弱くなっているから。
「おい、サイラス。いるか?」
それから数分後。いきなりお部屋の扉が開き、ギルバート様が入ってこられる。それに驚いて私が目をぱちぱちと瞬かせれば、ギルバート様はそんな私を見て「……どうかしたのか?」と問いかけてこられた。その際に、ギルバート様の目は不安そうに揺れていて。……あぁ、このお方は何処までも不器用でお優しい人なのだなと思ってしまう。
「い、いえ、何でも、ありません……」
はっきりと言えば、滅茶苦茶理由がある。とてもワケがある。しかし、それをギルバート様にお伝えするのは気が引けたので、私はソファーから立ち上がり、「まだ休憩時間があるので、屋敷内をお散歩してきますね」とだけ告げて一歩を踏み出そうとした。
「――シェリル嬢!」
でも、ギルバート様はそんな私の手首をいきなり掴まれる。それに驚いて私が勢いよくギルバート様に視線を向ければ、ギルバート様は「わ、悪い……」とだけおっしゃって黙ってしまわれた。……悪くない。今のは、突拍子もない行動をした私が悪い。
「そ、その……」
謝りたかった。だけど、口からは謝罪の言葉が出てきてくれない。唇がわなわなと震え、どうしようもなき持ちになる。……素直に、なれたらなぁ。あと、自分に自信を持つことが出来たならば。そうすればきっと――ギルバート様に、この恋未満の気持ちを伝えることが出来るのに。
しかも、それからしばし無言の空間になってしまう。ふと、サイラスさんを見つめればサイラスさんは、なんというか微妙な表情をしながら、ギルバート様のことを肘でつついていた。……何が、したいのだろうか?
「旦那様。ほら、もうここはお誘いしてください!」
「無理だろ! ……俺が、シェリル嬢と一緒に社交の場に参加するなど……」
「……旦那様。この間の決意はどうされたのですか? ほら、さっさと行きなさい!」
何かをサイラスさんがギルバート様に耳打ちされると、サイラスさんは――あろうことか、ギルバート様の身体を私の方に押してこられた。しかも、サイラスさんは力いっぱいギルバート様の身体を押されたらしく、ギルバート様は踏ん張ることが出来なくて――。
「え? ひゃぁっ!」
何故か、私はギルバート様に潰される形で床に倒れこんでしまった。……お、重い。重い重い! そう思って、私はただ必死にその場でもがいた。……その行動は、無駄だったのだけれど。
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