閑話3 ギルバートの葛藤(ギルバート視点)

 ☆★☆


「旦那様。本当に、何もされないのですか?」

「……そうだな。現状何かをするつもりはないし、手を出すつもりもない」


 シェリル嬢が休む客間を出ると、すぐにサイラスが俺に声をかけてくる。その声には明らかな怒りが含まれており、サイラスなりに怒っているのだろう。……サイラスは、シェリル嬢のことを好いている。もちろん、その感情は親愛の類であり恋慕ではない。俺の感情はどちらかと言えば恋慕に近い……のだと思う。まぁ、それは置いておくとして。


「……私は、アシュフィールド侯爵家の人間が許せません。……シェリル様のことを苦しめておいて、今ものうのうと生きているなんて……!」

「サイラス、口は慎め。そもそも、シェリル嬢が報復を望んでいないのだから、俺たちが行動するのは筋違いだろう」

「それは、そうですが」


 サイラスの心配も、分かるには分かる。大方、アシュフィールド侯爵家の人間がシェリル嬢のことを傷つけに来たらどうしようと思っているのだろう。それに関しては、俺もいろいろと思うことがある。……手っ取り早く縁を切るには、やはり手切れ金を渡すに限る。リスター家の懐は潤っているし、アシュフィールド侯爵家を満足させる金は出せる。だが、その場合アシュフィールド侯爵夫妻は満足しても、シェリル嬢の義妹は満足しないだろう。……あの女は、今まで度々社交界で見たことがあったが、シェリル嬢のことをいつも見下していた。それはつまり……シェリル嬢が不幸になっていないと分かると、攻撃してくる可能性があるということ。


「あぁ、そう言えば旦那様。一つお耳に入れておいた方が良いことが。シェリル様の元婚約者の方のお噂なのですが……」

「……イライジャ・マッケランか」

「はい。噂では、シェリル様との婚約を解消した後、その義妹と婚約したのですが……その、あまり上手く行っていないということです」


 ……そのサイラスの言葉に、俺の眉間にしわが寄る。……イライジャ・マッケランの噂もよく聞いていたし、俺も社交界で見ている。奴は、自分の父は王弟だと威張り散らしていた印象しかない。まさに、虎の威を借る狐状態だったな。……ちなみに、奴は当時婚約者であるシェリル嬢に強い劣等感を抱いていたとか何とか。


「そうか。あぁ言う人間はその後する行動は大体一緒だ。……元婚約者、つまりはシェリル嬢とよりを戻そうとするだろうな」


 そもそも、血筋だけで言えばエリカ嬢よりもシェリル嬢の方が上なのだ。しかも、優秀さも桁違い。可愛いだけで成り上がってきたエリカ嬢と、『豊穣の巫女』であるシェリル嬢。どちらの方が価値があるかと問われれば、答えはすぐに導き出せる。たとえ、バカでも。


「屋敷周りの警護を増やせ。変な奴がいれば、即俺に報告するように」

「かしこまりました」


 俺の指示に、サイラスが一礼をしてすぐに返事をくれる。……いろいろと、これから大変なことになってしまいそうだ。だが、それよりも。……シェリル嬢は、元婚約者によりを戻してほしいと言われた場合、奴の元に戻ってしまうのだろうか? それが、少し不安だった。俺とシェリル嬢では年の差がありすぎるが、元婚約者だと一歳しか違わないと聞いている。……やはり、自分と年の近い男の方がいいかもしれない。でも、俺はシェリル嬢と一緒に居たい。元婚約者の元に、戻ってほしくない。


「旦那様。一つ、よろしいでしょうか?」

「……どうした」

「先日、パーティーの招待状が届きましたよね」

「……あぁ、そう言えばそうだったな」


 ……サイラス。お前は、いったい何が言いたいのだ? そう思って俺がサイラスのことを茫然と見れば、こいつは「シェリル様と、参加して来てくださいませ」という。……いや、話が飛びすぎだろう? 何故、いきなりそう言うことになる?


「何故、いきなりそう言うことになる!」


 俺が睨みつけるようにサイラスを見てそう言えば、サイラスは「いえ、旦那様はシェリル様に元婚約者の元に戻ってほしくないのでしょう?」なんてニコニコとしながら告げてくる。……やはり、サイラスには俺の心は筒抜けらしい。サイラスには、どうやら隠し事は通用しない……らしい。


「ですので、それを防ぐためにももっと距離を縮めていただこうかと思いまして。あと、社交の場に伴うのもいずれは必要かと思いますよ。……シェリル様の嫁入り先、探すのを止めてしまわれたのでしょう?」

「……それ、は」

「でしたら、もっとグイグイ行きませんと。周囲に婚約者だと紹介しましょう!」


 ……正直、その話は大層魅力的だった。しかし、それはシェリル嬢の気持ちを無視しているということになる。出来れば、俺はシェリル嬢と愛して愛される関係になりたい。そんな外堀を埋めるなんて方法、出来るわけがない。


「その方法、は」

「シェリル様のお心を無視していると、おっしゃりたいのですか?」


 俺の躊躇いの声を聞いて、サイラスがそう言う。そのため、俺はゆっくりと頷いた。そうすれば、サイラスは「……きっと、シェリル様もまんざらではないと思いますよ」と言ってくる。……それは、シェリル嬢も俺のことをある程度は好いてくれているということなのだろうか? そんなこと、都合のいい夢だろう。


「とにかく。今度、社交の場にお誘いしてみてくださいよ。それか、プロポーズしてみては?」

「サイラス、お前はバカか! プロポーズなんてしたら、フラれるのは目に見えているだろう!?」

「……本当に、シェリル様のことになるとポンコツになりますね、この主。……まぁ、いいです。シェリル様のことを大切に思われるのならば、元婚約者を潰す勢いで行きましょう。元婚約者の元に戻っても、シェリル様は間違いなく幸せにはなれません」


 サイラスはそう言い残すと、「では、私は一旦本業の方に戻ってきます」と言って俺の側を通り抜ける。……あぁ、執事の仕事か。


(……俺は、いったいどうしたい?)


 一人になった俺は、そんなことを思ってしまう。本当は、シェリル嬢の力になりたいし、側にもいてほしい。……だが、こんな俺では――。


(いや、もう自分を卑下するのは止めよう。シェリル嬢の隣に、堂々と並べるようになればいい)


 あの美しく、何処か冷めきった少女の隣に、自分が並べるようになるのかは分からない。それでも、出来る限りそうなれるように努力すればいい。俺はそう思い直し、仕事に戻るのだった。

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