第31話 失いたくない場所
『やっだぁ、お義姉様ったら、こんなところにいたの~? 汚いからあっち行ってよ!』
『お義姉様、イライジャ様のお隣には、可愛らしい私の方が似合うと思わない?』
そんなエリカの私を見下す言葉が、今だって鮮明に思い出せる。エリカは、とてもわがままだった。父や母から甘やかされた彼女は、その可愛らしい容姿とは裏腹にとても苛烈な性格で。私のことを露骨に見下し続け、イライジャ様にすり寄った。その結果、私はイライジャ様に婚約の解消を告げられて……。あぁ、なんだか思い出すと腹の立つ相手だったわ。まぁ、今だから余計に腹が立つのかもしれないけれど。
「エリカは、どうして……」
「理由は分からない。そもそも、シェリル嬢の義妹のことなど、俺が知る由もない」
「そうですよね。すみません、ちょっと、いろいろ思うことがありまして」
ちょっと、混乱しているのかもしれない。そう思いながら、私が毛布をぎゅっと握ればギルバート様は「シェリル嬢は、どうしたい?」なんて私に問いかけてこられた。その言葉の意味がよく分からず、私が茫然としているとギルバート様は「いろいろと、あるだろう?」なんて悪い笑みを浮かべられる。それは、エリカへの仕返しとかそう言うことだと思う。……でも、私は。
「私は、今の段階では仕返しなんて望みません。どうせ、彼女には何をやっても無駄ですから。まぁ、これ以上私の邪魔をするのならば……それはまた、別問題かもしれませんが」
私はイライジャ様に婚約の解消を告げられても、大きなショックは受けなかった。だけど、きっと今。ギルバート様との関係を邪魔されそうになったのならば……別問題だと思う。私はイライジャ様のことを慕っていなかったけれど、ギルバート様のことはそれとなく慕っている。だから、ギルバート様との関係だけは邪魔されたくない。そう、思う。
「そうか。ならば、俺も変に手出しはしない。……ただ、何かがあれば遠慮なく助けを求めてくれ。この家の者は、シェリル嬢の味方だ」
「……ギルバート様」
そのお言葉に、私の胸がきゅんとする。でも、ハッとしてサイラスさんの方に視線を向けてみれば、彼はにやにやとした生温かい目で私たちのことを見つめていた。しかも、扉が少しだけ開いており、そこではクレアとマリンもこちらを観察しているよう。……入ってきて、いいのに。
「エリカ嬢のことも、またいろいろと調べておこう。まぁ、アシュフィールド侯爵夫妻が大切にしていた娘ということだしな。叩けば埃がわんさかと出てくるだろう」
「わ、私も、手伝い……ます」
「いや、シェリル嬢はもうしばらく休んでおけ。今は、ゆっくりと休むことが仕事だ。……あと、万が一シェリル嬢の魔力が暴走した時に備えて、優秀な魔法使いを雇うことにした。いわば護衛だ」
ギルバート様はそうおっしゃいながら、サイラスさんに資料を戻される。……護衛。別に、そこまでしていただくわけには。そう思ったけれど、この場合謝るよりもお礼を言う方が正しいのだろうな。そう考えて、私は「ありがとう、ございます」と静かに告げた。
「いえいえ、シェリル様はいずれはこの家の奥様となるお方。大切にしなくては――」
「――おい、サイラス。気が早い」
サイラスさんの言葉に、ギルバート様はそう返されると額を押さえて露骨に「はぁ」とため息をつかれる。ギルバート様は、私に側に居てほしいとおっしゃる。それは、妻じゃなくてもいいと。だけど、使用人の人たちからすれば、やはり奥様になってほしいのだろう。
(私だって、出来ればギルバート様のお側に居たいし、奥様にもなれるのならばなりたいわ)
少しずつギルバート様に惹かれている以上、逃げたくないとは思う。しかし、やっぱり年の差が気になってしまう。十五も年下の妻なんて、ギルバート様が悪く言われるのは目に見えてわかる。……それに、ギルバート様のご両親もどう思われるか。
「シェリル嬢?」
私がそんなことを考えていると、ギルバート様が私のことを呼んでくださる。そのため、私は出来る限りにっこりと笑い「いろいろと、考えていました」と誤魔化す。その考えていたこととは、エリカのことなどではない。ギルバート様とのこれからのこと。恋をすれば、そればかり考えてしまうという。私のこれは恋になっているかが分からないけれど、それでもそれだけ考えてしまうのだから、恋ってかなりのものよね。
「旦那様。もうそろそろ、お仕事に戻られませんと……」
「……もうそんな時間か。シェリル嬢、俺は仕事に戻ろうと思うが……」
また俯いてしまった私に、ギルバート様がそう声をかけてくださる。その声を聞いて、私は「分かりました」ということしか出来ない。私は聞き分けのいい女だもの。少し寂しいって思っていても……大丈夫。クレアとマリンもいるものね。
「また、夕食の後に来る。俺、は、その……。シェリル嬢のことが心配だ。だから、あまり離れたくないのだが……サイラスが、うるさいから、な」
「私の所為ですか。ですが、構いませんよ。えぇ、えぇ、仲睦まじきことはよきことですからね」
ギルバート様のしどろもどろなお言葉に、サイラスさんはニコニコと笑いながら続けられる。その目は、やはりとても生温かい。……私たち、そう言う関係では「まだ」ないのだけれど?
「じゃあな、シェリル嬢。何かあれば、遠慮なく呼んでくれ」
「は、はい」
最後にギルバート様はそう言い残されると、ゆっくりとお部屋の外に出て行かれた。それと入れ替わるように、クレアとマリンが入ってくる。二人は、何処か興奮したように顔を赤くしていた。
「旦那様と、いい関係になれましたか!?」
しかも、そう言ってくるものだから私はずっこけそうだった。そして、誤魔化すように二人の頭を軽くたたいた。それは、スキンシップ程度の力加減だった為、二人も笑ってくれて。……私は、また自然と笑えていた。
(私、この家が好き。だから……何があっても、エリカなんかには邪魔されたくないの……!)
浮かんだ笑みの奥底で、私はそんなことを考えていた。
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