第25話 シェリルの病状

「んんっ」

「シェリル様!」


 私が次に目覚めたとき、私の周りには使用人たちがたくさんいた。彼女たちは私が目覚めたのを確認すると、慌ただしく動き始める。そんな様子を茫然と見つめながら、私はゆっくりと寝台から起き上がろうとした。


「シェリル様。お身体に障りますので、どうかそのままで……」


 しかし、起き上がろうとした私をクレアが止める。正直、身体が重苦しかったので私はそんなクレアの言葉に甘え、もう一度寝台に横になった。窓の外を見れば、空はオレンジ色に染まりつつあって。……私は、半日近く眠っていたということを知った。まだ、日付は変わっていないはずだ。


「……もうじき、旦那様とサイラスさんが来てくださいますので、少々お待ちくださいね。あと、勝手にリスター家のかかりつけのお医者様をお呼びしまして、体調を見ていただいたのですが……」

「……そう」


 クレアが申し訳なさそうな表情をする理由は、私の身体に許可なく触れたことについてだろう。でも、別に私の身体は見られて困るような身体ではない。そのため、私はそれだけの言葉を返し抗議などしなかった。……でも、お医者様がいらっしゃったということは、私が倒れた原因は分かったということよね?


「ねぇ、私の体調は――」

「シェリル様!」


 私が、隣で涙ぐんでいるマリンに私が倒れた原因を問いかけようとすれば、お部屋の扉が慌ただしく開きサイラスさんが飛び込んできた。その後、私の無事を見て「あぁ、良かった、良かった……!」と呟く。……本当に、サイラスさんって出逢った当初とは似ても似つかない態度になったわよね。初めは、敵意丸出しで刺々しかったのに。そう思いながら、私がサイラスさんの後ろに視線を移せば、そこでは微妙な表情をされたギルバート様がいらっしゃって。


「……ギルバート様」

「シェリル嬢、無事でよかった」


 私は今回、大きな迷惑をかけてしまった。なのに、ギルバート様はそれを責めるでもなく、ただ心の奥底から「安心した」と思っていらっしゃるような声音で、そう呟かれる。それに私が一安心していると、ギルバート様は一旦ため息をつかれ、クレアたちの方に視線を向ける。


「クレア、マリン。それからサイラス。出て行ってくれ」

「……旦那様。ですが……!」

「いや、変なことはしない。ただ、病状と原因の説明をするだけだ」


 意外過ぎるギルバート様の提案。そして、それを渋るマリン。


 ギルバート様の表情は、とても真剣なもので。声音もとても真剣なものだった。その声を聞いたからだろうか、はたまたその真剣な表情を見たからだろうか。マリンは渋々と言った風に「お部屋の外で、待機しております」と一礼をして言う。その後、サイラスさんとクレアを連れてお部屋の外に出て行く。


「さて、シェリル嬢。まずは何から話せばいいのか……」


 ギルバート様が、私が横になる寝台のすぐそばに椅子を持ってこられて、腕を組まれる。……もしかしてだけれど、私の病状ってかなりひどいの? 何か、重い病気なのだろうか? そう考えたら、ぞっとした。ようやく少しだけ幸せになれたと思ったのに、こんなのあんまりだ。


「わ、私、何か重い病気なのでしょうか……?」


 かみしめるように言葉を発し、ギルバート様にそう問いかける。すると、ギルバート様は「病気ではない、と、思う」と歯切れの悪いお返事をくださった。……なんと、はっきりとしないお言葉だろうか。もっと、明確におっしゃってくださればいいのに。


 私がそう思っていると、ギルバート様は「よく、分からないそうだ」と苦虫を嚙みつぶしたような表情で続けられた。……よく、分からない? それはいったい、どういう意味? いや、そのままの意味なのだろうけれど。


「あ、あの、それって、どういう……」

「かかりつけの医者は、『原因がよく分からない』と言っていた。ただわかるのは、体内にある魔力が枯渇寸前になっていたということだけだ。魔力が枯渇する病気は多々あるが、それではない可能性が高いということだ。……だから、はっきりとした病名は告げられない」


 そんなギルバート様のお言葉に、私は静かに息をのむことしか出来なかった。体内の魔力が枯渇すれば、意識を保つことが難しくなり、そのまま倒れてしまう。最悪の場合意識を失ったままになるとも言う。だけど、その場合はしっかりとした病名が付く。……原因不明なんて、本当に意味が分からないわ。


「……医者によれば、シェリル嬢の体内の魔力はとてもゆっくりと失われていたらしい。本当に徐々に失われていたため、今まで気が付かなかったのだろうという判断だ。……シェリル嬢、心当たりは?」

「ありま、せん」


 そんな、強大な魔法を使った覚えはない。それに、私は魔力なんて滅多に使わない。だから、私にはまったく心当たりがなかった。


「そうか。……まぁ、俺の方でもいろいろと調べてみよう。……あと、医者によればシェリル嬢はこれから五日間は絶対安静だ。いいな?」

「……はい」


 魔力なんて、そう簡単に回復するものではない。そのため、そのお医者様のおっしゃることは正しい。私はそう判断し、ゆっくりと頷いた。そうすれば、ギルバート様は私の頭に軽く手を置かれ、そのまま撫でられた。……何故、そうなるの?


「看病の方は、クレアとマリンに任せる。……シェリル嬢も、気心の知れた同性の方がいいだろう。……もしも、暇つぶしに何かが欲しければ遠慮なく言ってくれ。……出来る限り、準備をしよう」

「……はい」


 その申し出は、きっとギルバート様なりの優しさなのだろう。そう思って、私がギルバート様に笑みを浮かべて「ありがとうございます」と告げれば、ギルバート様は露骨に視線を逸らされた。……照れていらっしゃるの? まぁ、それを指摘する元気は今の私にはないのだけれど。

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