第24話 シェリル、倒れる

 ☆★☆


「シェリル様。おはようございます~!」

「よく、眠れましたか?」

「……クレア、マリン」


 カーテンが開けられ、太陽の光がお部屋に注がれる。その眩しさに目を細めながら、私は二人に「今日もぐっすりと眠れたわ」と声をかける。


 私がリスター家にやってきて、今日でちょうど二週間。実家にいたころは毎朝起きるのが憂鬱だったけれど、ここに来てからはそんなこともなく毎日楽しく過ごせている。それはきっと、使用人たちがよくしてくれるからであり、ギルバート様が私に不便のないように気を配ってくださるから。私はいずれここを出て行かなくちゃならないけれど、今のうちにこの幸せを堪能しておきたいという気持ちもあった。


(……あれ?)


 寝台から起き上がり、用意してもらったぬるま湯で顔を洗う。その後、いつものように鏡台の方に移動しようとした時。ふと、足元がふらついた。今までならば、こんなことはなかったのに。そう思いながらさらに一歩を踏み出せば、今度は頭がズキズキと痛んだ。その痛みに顔をしかめ、思わず手で頭を押さえればマリンが「シェリル様?」と声をかけてくれる。そのため、私はゆっくりと「ちょっと、頭が痛んだだけ」とだけ返し鏡台の前の椅子に座る。


「……シェリル様。もしかして、体調が優れないのですか?」


 寝台の片づけをし終えたクレアが、心配そうにそう声をかけてくれる。……体調が、優れない。いや、そんなことはないはずだ。でも、ズキズキと痛む頭やふらつきから考慮するに、少し体調が優れないのは事実かもしれない。……疲れが、たまったのかしら。


(けど、きっと大したことはないわね)


 疲れがたまったぐらいならば、日が経てば自然と治るはずだ。私はそう判断し、クレアとマリンに「大丈夫」と告げた。浮かべたぎこちない笑みが、二人にどう映ったのかは分からない。しかし、二人とも「……何かあれば、何なりと」と言って深入りはしてこない。それが、今の私にはとてもありがたかった。


「朝食は、どうなさいますか? 少しお疲れなのでしたら、こちらに運ばせますが……」

「いいえ、何かあったと思われるのは嫌だから、食堂で摂るわ」


 マリンは私の髪の毛を櫛で梳き、寝癖を直しながらそんな提案をしてくれる。だけど、ほら。普段と違う行動をとれば、無駄な心配をかけてしまう。私はそれが嫌だったので、その提案も拒んだ。そもそもな話、疲れがたまったぐらいで甘えることは、嫌だった。


「シェリル様。本日のお召し物は何にされますか?」

「何でもいいわ。お任せで」


 クレアにそう問いかけられ、私はそう端的に答える。クレアとマリンのセンスは素晴らしい。むしろ、私よりも良いと思う。だから、衣装については二人に任せるのが私の常だった。……まぁ、二人はいつも私に一度は訊いてくるのだけれど。


「では、こちらにしましょうね。本日はダンスレッスンの予定もないですし、ラフな格好にしましょう」

「えぇ、お願い」


 寝間着からワンピースに着替え、私は大きく伸びをする。……けど、やはり頭痛は治まる気配がない。……何か、お薬を貰うべきかしら? 頭痛薬ぐらいならば、あまり心配されないと思うけれど……。


「ねぇ、マリン――」


 とりあえず、頭痛薬が欲しい。そう言おうとした時だった。不意に、今までとは比べ物にならないぐらいの頭痛が、私を襲った。ズキズキと痛む頭を抱え、私がその場にうずくまってしまえば、クレアとマリンが私の名前を慌てて呼ぶ。……無理。これは、立っていられない。


「クレア! 今すぐ旦那様とサイラスさんに連絡を!」

「わ、分かった!」


 マリンの指示を聞いて、クレアがお部屋から駆けていく。徐々に視界がぼやけ、かすんでいく。そんな中、心配そうな表情を浮かべたマリンが、私に近づいてきて背を撫でてくれた。


(嫌だ。一人に、しないで――!)


 マリンが私の側に居てくれているのに。何故か、私は不安で仕方がなくて。震える手で、マリンの腕に縋る。行かないで。私を一人にしないで。そう思い、マリンに縋ればマリンは私のその手を握って、「ここにいます」と言ってくれた。それが、とてもありがたくて。


(私……今まで、こんなことになってもずっと一人だった)


 頭が酷く痛む中、私はふとそう思った。私が体調を崩しても、実家では心配してくれる人は使用人だけだった。でも、使用人たちにはそれぞれ仕事がある。だから、私はずっと一人で苦しみ耐えていた。……体調を崩すと、どうしようもなく不安になってしまう。だからだろうか、私は心の奥底でずっと「一人にしないで」と叫んでいた。


「――シェリル様、まずは、寝台に戻りましょう」


 マリンの声が、どこか遠くから聞こえてくる。だけど、その手のぬくもりが私に「一人じゃない」と伝えてくれる。それに安心した私は、遂には意識を保っていることも出来ず、意識を失ってしまう。


 これは、ただの疲れや風邪ではないということを、私は意識を失う間際に確信していた。

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