閑話2 強かな少女(ギルバート視点)
☆★☆
「シェリル嬢、シェリル嬢」
隣ですやすやと寝息を立てて眠るシェリル嬢の肩を揺らし、名前を呼ぶ。しかし、シェリル嬢は相当疲れているのか起きる気配が全くない。馬車はもうすぐリスター家の屋敷にたどり着く。……そのために、そろそろ起こした方がいいのだが……。
(まぁ、こんなにもぐっすると気持ちよく眠っているのだから、起こすのも気が引けるな)
だが、ぐっすりと眠っているシェリル嬢を起こすのも気が引けた。それに、名前を呼んで肩を揺らしても起きないのだ。こうなったら、何をしても起きないだろう。……それは、容易に想像が出来た。
「旦那様、シェリル様。……おや?」
それから数分後。馬車が止まり、しばらくして御者が馬車の扉を開けた。すると、御者の青年は一瞬だけ目を見開いたものの、すぐに「……お疲れ、なのですね」と呟いていた。その視線はシェリル嬢に注がれており、視線に籠められた感情は「慈愛」だろうか。
こうやってすやすやと眠るシェリル嬢を見ていると、いろいろと思うことはある。だが、それよりもシェリル嬢をこのままここで寝かすわけにはいかない。せめて、自室として使わせている客間まで移動させた方がいいだろう。……仕方がない。ここは起こさないように運ぶか。
「おい、ノア。俺がシェリル嬢を運ぶ。お前は、急いでクレアとマリンにシェリル嬢の着替えを頼んでくれ」
「は、はい!」
俺がそう声をかければ、御者のノアが駆けていく。ノアは今年で十八歳。まだまだ子供っぽく慌ただしいものの、その素直な性格を俺は気に入っていた。……このまま、もうしばらく御者として働いてくれればいいのだが。
「さて……移動させるとは言ったものの、どうやって移動させるか」
そして、第一の問題がこれだった。さすがに年頃の令嬢を担ぐわけにはいかない。かといって、背負うのも気が引ける。……やはり、ここは無難に抱きかかえるしかないだろう。そう判断し、俺はシェリル嬢を普通に抱きかかえる。……やはり、予想通り軽い。実家では虐待紛いの性格を送っていたというが、それにしても軽すぎる。
(ここに来てから、少しでもまともな生活が出来ているのならばいいが……)
シェリル嬢を抱きかかえて運びながら、そんなことを考える。それから玄関の扉を開けてもらい、屋敷の中に入ればそこではサイラスが「……クレアとマリンは、すでに待機していますよ」とにっこりと笑いながら言う。……絶対に、面白がっている。
「……何かがあったわけではない。ただ、シェリル嬢が疲れて眠ってしまっただけだ」
「さようでございますか。……しかし、旦那様もようやくトラウマを乗り越える決意が出来たのですね……! このサイラス、ようやくかと思い感無量でございます……!」
そう言ったサイラスの言葉の意味が、俺にだって少しだけわかる気がした。俺は女性が大層嫌いだ。しかし、シェリル嬢は例外らしい。触れても嫌悪感は抱かないし、そもそも屋敷にいてほしいと思い始めている。今までならば、そんな感情になることなど一度もなかったのに。……今日だって、いきなりとんでもないとんでもないことを口走ろうとした。
――シェリル嬢さえよかったら、俺とずっと一緒に暮らしてくれないか?
そんなことを言ったところで、シェリル嬢が困るのは目に見えていたのに。何故、そう言おうとしたのだろうか。……その理由も、心の奥底では分かっているのだ。シェリル嬢が、素敵な女性だからだと。
シェリル嬢は大層強かな女性だ。しかも、何やら特別な力を持っているらしい。使用人たちにも気に入られている彼女と婚姻すれば、きっと使用人たちも喜ぶ。親も納得させられる。それは、分かる。でも、やはり俺の気持ちや都合を押し付けるのは無理だった。……シェリル嬢の気持ちが、最も大切なのだ。
「クレア、マリン」
「あっ、旦那様! お着替えの準備は出来ておりますよ」
シェリル嬢に使わせている客間に入れば、ニコニコとしながらクレアとマリンが出迎えてくる。そのままシェリル嬢を二人に預け、俺は客間を出て行った。……さすがに、着替えを見るわけにはいかない。同性ならまだしも、俺は異性だ。
「……サイラス。少し、いいか?」
「はい、旦那様」
「妖精とか精霊とかの資料を至急執務室に持ってきてくれ。あと、土の魔力が枯渇した時期の記録も持ってきてくれ」
俺は上着を脱ぎ、その上着をサイラスに手渡した後そのまま執務室に一直線に向かう。さて、このまま仕事に移ろう。土の魔力が枯渇しているかもしれない。それは、一大事になる。そのため、早いこと手を打つ必要があった。
「かしこまりました。……ですが、前回の土の魔力の枯渇は二十五年前ですよ? そんな、早くに……」
「いや、シェリル嬢の力が正しければ、今年起こっている。……一応念には念を。過去のケースも調べる方がいいだろう」
「……そうですね」
もしかしたら、過去にもこういうケースがあったかもしれない。そうすれば、原因と解決方法が分かるはずだ。普通、土の魔力が枯渇するのは五十年に一度と言われている。……そのため、俺はその可能性を視野に入れていなかった。
(何か、あるのかもしれないな)
だったら、早くに手を打ち今後の対策を練る必要がありそうだ。……今日は、徹夜になりそうだな。そう思ったが、シェリル嬢のことを考えれば何故か頑張れる気がした。それは本当に、何故だろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます