第23話 ギルバートとシェリルのデート(?)(8)

「ふわぁ……」


 ゆっくりと走る馬車が、私の眠気を誘う。その眠気に抗おうとするものの、私は欠伸を噛み殺すことも出来ず、大きな欠伸をしてしまった。


 時間は午後五時。カリーさんのお話を一通り聞き終え、状況も見られたギルバート様は支援の方針を固められたそうだ。早速、帰って手配をされるとおっしゃっていた。……私は少しは役に立ったみたいで。それが、嬉しかった。


「シェリル嬢。眠いのか?」


 そんな私を見られたギルバート様は、そう問いかけてこられる。なので、私は「外出になれなくて、疲れてしまいまして……」と当たり障りのない理由を話す。ギルバート様は、私が今まで実家でどんな扱いを受けていたかを、それとなく知っていらっしゃる。だから、外出が疲れるという意味も理解してくださっているはずだ。


「……そうか。屋敷に着いたら起こしてやるから、今は眠っても良いぞ」

「で、ですが……」

「いや、今日はシェリル嬢のおかげで助かったからな」


 そうおっしゃったギルバート様は、私から露骨に視線を逸らされる。私はそれを指摘するでもなく「おやすみなさいませ」とだけ小さく告げた。そうすれば、ギルバート様が「あぁ、お休み」と返してくださる。その心地の良いトーンのお声を聞いて、私はゆっくりと目を瞑った。


(……私、ここに居たいのかしら?)


 石に躓いたのか、馬車が少しだけ跳ねる。その瞬間、ギルバート様はさりげなく私のことを抱き寄せてくださった。その優しさが、嬉しいような恥ずかしいような。……そう言えば、ギルバート様はお昼の際に何とおっしゃろうとされたのかしら? もしも重要なことならば、また教えてくださると思うのだけれど……。でも、それよりも。


(ギルバート様も、私と同じだったのね。……ううん、裏切られたレベルからすれば、ギルバート様の方が酷いのかもしれないわ。私は、ある程度そんな予感がしていたもの)


 ギルバート様の過去の方が、重大だった。


 私の場合、エリカがイライジャ様を狙っているのは知っていた。だけど、私はそれを知ってもイライジャ様のお心を繋ぎとめようとはしなかった。それは、イライジャ様を信頼していたからというわけではない。……ただ、全てを諦めていたのだ。どうせ、彼もエリカに心惹かれるだろうと。


 前妻の子だからと、継母や義妹に虐げられ、蔑ろにされる。父には「政略結婚の駒」としか見られない。イライジャ様は私のことを露骨に虐げては来られなかったけれど、あまりいい印象を抱いていたようには見えなかった。それは、今考えればすぐに分かることだ。


(ギルバート様の元婚約者のお方が、どんなお方なのかは知らないわ。……だけど、こんなにもお優しい人を捨てるのだから、見る目がないのね)


 そして、ふとそう思った。私は、ここに来て初めて優しくされた。確かに、実家では使用人たちにそれとなく優しくしてもらっていたけれど、それには同情の意味が含まれていたのを私は知っている。だから、本当の意味で優しくされたのは初めてだった……のだろうな。クレアも、マリンも。今ではサイラスさんを始めとした他の使用人の人たちも、私に良くしてくれる。……いつか、私にギルバート様のことを妻として支えてほしいとも、言われている。……その願いは、きっと叶えられないのだけれど。


「……シェリル嬢」


 そんな時、目を瞑った私の頭の上からそんなお声が降ってきた。……そのお声は、正真正銘ギルバート様のもの。いったい、ギルバート様は何がおっしゃりたいの? もしかして、私はもう眠ったものだと思われているの?


「シェリル嬢。……俺は、年甲斐にもなくシェリル嬢のことを大切に思ってしまったみたいだ。……出来れば、ずっとここにいてほしいと思うぐらいには」


 私の髪を梳く、ギルバート様の手。でも、それよりも。何故、そんなお言葉を呟かれるの? そのお言葉の意味が、私には全く分からない。だけど、ここで目を開けるのは得策ではない。そう判断し、私は眠っているふりを続けた。


「サイラスに言われた言葉の意味が、今日本当の意味でようやく分かった。……シェリル嬢は、強かだな。そして、何よりも心が綺麗だ。……なぁ、シェリル嬢――」


 ――ずっと、俺の側にいることは選択肢に入らないか?


 悲しそうな声音でそう言われて、私の胸がドキッと変な音を立てた気がした。……しかし、私はギルバート様のお隣に並べる自信がない。こんな小娘じゃ……この人には、釣り合わない。


(……私は、強かなんかじゃない。ただ、全てを諦めていただけよ)


 ギルバート様のお言葉に、心の中でそう返す。そうしていれば、ゆっくりと本当の眠りに落ちていく。睡魔に抗えなくなっていく私の耳に届いたのは――。


「……シェリル嬢」


 今まで聞いたお声の中で最も切なそうで、悲しそうなギルバート様のお声。眠る間近、私の胸はそのお声に反応してきゅんと締め付けられた気が、した。

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