第19話 ギルバートとシェリルのデート(?)(4)

「いらっしゃいま……は、伯爵様!」

「……今は、ただの客として来ている。だから、気は遣わなくていい」


 それからギルバート様に連れてこられたのは、少し大きな外観のパン屋だった。看板には「リリア」と書いてあり、それがこのパン屋の名前なのだろう。パンが焼ける香ばしい香りが私の鼻腔に届き、私はやはりワクワクとした。こういうパン屋って、やっぱりオリジナルの商品とかを売っているのかしら?


「い、いえ、そう言うわけにもいきません……!」


 店主さんが、ギルバート様にぺこぺこと頭を下げている。それを見てか、店内にいたお客さんまでもがざわめく。……うーん、やっぱりギルバート様ぐらいになると、領民に顔が知られているのね。むしろ、ここに来るまでバレなかったのが奇跡に近いのだろう。


「本当にいい。……それに、今回は俺の婚約者……シェリル嬢の希望で、パンを買いに来ただけだからな」

「えぇっと、婚約者様、ですか……?」


 店主さんは、私に怪訝そうな視線を向けてくるので、私はとりあえずぺこりと頭を下げておいた。……さすがに、年が離れすぎているからいろいろと思われることもあるわよね。


「お、お言葉ですが、いったい何人目の……?」


 しかし、店主さんのその言葉に私は「あ、そっち」と思った。ギルバート様の別名は「冷酷な辺境伯」とかそういうもの。婚約者が一ヶ月も持たずに逃げ出すと有名だし。……実際は、ただ不器用なお方なのにね。


「余計なお世話だ。五人を過ぎたあたりから、数えるのは止めたしな。……シェリル嬢。俺は店主と話しているから、好きなものを選んでくればいい」

「は、はぁ」


 ギルバート様は気まずそうに視線を逸らされると、私の背を押してくださる。なので、私は店員さんに連れられていろいろなパンを見て回ることにした。……シンプルなどこにでもあるパンから、オリジナルのパンまで。いろいろなパンが店内に並べられている中、私の目を引いたのはサンドイッチだった。


「え、えっと、あのサンドイッチは……」


 このお店の食パンに挟まれているのは、たくさんのお野菜とベーコン。そのボリュームとか、綺麗な彩りとかを見ていると、あのサンドイッチが無性に食べたくなって。私は店員さんにお願いしてあれを二人分購入することにした。……お金は、ギルバート様持ちなのだけれど。


「ギルバート様。私、サンドイッチにしました」

「……そうか、他にも選んでいいぞ。持ち帰って、食べればいい」


 私の意見を聞いて、ギルバート様は少し口元を緩められてそうおっしゃってくださる。なので、私はほかにもいくつかのパンを購入することにした。持ち帰る分は、店員さんに専用の袋に入れてもらう。と言いますか、私街に来てかなり浮かれているわよね……? そう思ったけれど、その店員さん、女性の方は「伯爵様、楽しそうですね」なんて意外なことを私に耳打ちされてきた。……ギルバート様が、楽しそう?


「楽しそう、でしょうか?」

「はい、うちの店主とは古い知り合いですので、度々お店に来てくださっているのですが……。それでも、あんなにも楽しそうな表情を見るのは、初めてです。あと、女性を連れてこられたのも初めてです」

「……そうなのですか」


 店員さんにパンが入った紙袋を手渡され、私はそれを受け取る。紙袋の中には、持ち帰り用の袋に包まれたパンと、サンドイッチが入っている。……そう言えば、このパン屋は店内飲食がないのよね。近くの広場かどこかで、食べさせてもらえないかなぁ。


(私、ピクニックとかもしたことがないのよね……)


 だからだろうか、そう言う外でご飯を食べることに人一倍憧れがある。高位貴族だって、屋敷の庭でピクニックをしたりするというのだもの。……それさえ、私はさせてもらえなかったし。


「あ、あの、ギルバート様?」

「どうした、シェリル嬢」

「こ、このまま……広場で、サンドイッチを食べてもいいでしょうか?」

「……はぁ!?」


 私の言葉を聞いて、ギルバート様は露骨に声を上げられる。……やっぱり、ダメか。先ほど通った広場が、飲食にピッタリだと思ったのだけれど……。


 そんなことを思いながら、私が露骨にしょぼくれていると、店主さんが気を遣ってくださったのか「婚約者様のお願いを、叶えて差し上げればいいではありませんか!」と後押ししてくれた。


「何でしたら、ピクニックのセットも貸しますが……?」

「い、いや、それは別に必要ない。シェリル嬢、ベンチで食べるだけならば、俺はそれでいいが……」

「そうですか、ありがとうございます!」


 それでも、全然構わない。そう思って私が紙袋を抱きしめてふんわりと笑えば、ギルバート様は露骨に視線を逸らされてしまった。……それを見た店主さんが「……若い奥様が、出来るのですね」なんて呟いて、ギルバート様に足蹴りを食らっていたのは、しっかりと私の視界にも入った。


(でも、何故ギルバート様は私のことを婚約者だと紹介したのかしら……?)


 ギルバート様は、大の女性嫌い。私のことも、居候だと紹介してくださればよかったのに。私がそう思っていると、ギルバート様は「行くぞ、シェリル嬢」とおっしゃると、私の手首を掴まれてそのまま歩き出された。……あれ? 何故、私は触れられているの?


(なんだか、ちょっと意味が分からなくなってきたわ……)


 心の奥底でそう思いながら、私はギルバート様に手を引かれていた。

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