第18話 ギルバートとシェリルのデート(?)(3)

「……綺麗な街、ですね……!」


 それから約十分後。私はギルバート様に連れられ、フィヘーの街に足を踏み入れた。その街はさすがはリスター伯爵領で二番目に大きな街というだけはあり、とても活気に満ち溢れていて。レンガ色の街並みと、活気あふれる人々の声。それに、私は柄にもなく興奮してしまう。


(こういうところ、初めて来たわ……!)


 元より、実家では閉じ込められて育ってきたに等しい私は、こういう街に憧れていた。幼き頃にもらった絵本の街並みに、こっそりと夢を見てきた。冷めきった私にも、小さな夢ぐらいはあったのだ。


「シェリル嬢。あまり、はしゃぐなよ。……転ぶぞ」

「は、はい」


 柄にもなくはしゃぐ私に、ギルバート様はそう注意してくださる。……やって、しまったかもしれない。そう思ってゴホンと私は一度だけ咳ばらいをして、普段のような表情を作ろうとするものの、視線はキラキラとした輝かしい街並みを見つめてしまう。……本当に、小さな小さな夢が叶ったのね。


「シェリル嬢は、こういう街に来てみたかったのか?」


 視線だけではしゃぐ私に、ギルバート様は少し意外そうな声音でそう問いかけてこられた。なので、私は少し躊躇ったものの頷く。今の私は、ギルバート様にどう映っているだろうか。年甲斐もなくはしゃぐ女と、思われているのだろうか。それとも、今までの態度は何処に行ったのかと思われているかもしれない。


「そうか。ならば、存分に楽しむといい。……まぁ、視察の一環だから、あまり楽しい場所には行けないだろうが……」

「い、いえ、私は街並みを眺めているだけでも幸せなので、それで構いません」


 本当に、それが私の幸せだった。綺麗な街並みを見渡しながら、私は目をキラキラとさせる。途中、男性とぶつかりそうになったものの、ギルバート様がさりげなく肩を抱き寄せてくださったため、事なきを得た。……ただ、ギルバート様はその後すぐに私の肩を放されると、「わ、悪い」とボソッとおっしゃる。……そこまで、自分を卑下されることはないし、私はこの行為を嫌だと思ったわけではないのに。


「ギルバート様。その、私、先ほどの行為別に嫌だったわけではありませんよ?」


 私が首をかしげてそう言えば、ギルバート様は「……そう、か」とおっしゃって少し照れたような表情を浮かべられる。今までギルバート様とたまに身体がぶつかったりしたけれど、嫌だと思ったことは一度もない。そろそろ、それを理解してくださってもいいのになぁ。そう思ったけれど、ギルバート様は大の女性嫌い。ギルバート様の方が、私に触れるのが嫌なのかもしれない。


「シェリル嬢。この後、簡易の食事を摂ろうと思うが……何か、食べたいものはあるか?」


 そして、ギルバート様がそう私に問いかけてこられたのは、街に入って十五分ぐらい経った頃だった。街の視察はまだもう少し時間をかけるため、今のうちに昼食を済ませておこうということらしい。……食べたい、もの。出来れば、その、屋台のものとかを食べてみたいのだけれど……それは、さすがにちょっと無理だろうからなぁ。


「リスター伯爵領の名産品は、小麦だと聞きました。こちら独自のブランドもあるとか」

「……そうだが、どうしたんだ?」

「小麦の良さを一番活かせるのは、やはりシンプルにパンだと思うのです。ですので私、パンが食べたいです」


 なら、やはりここは名産品を食べるのが一番だろうか。そう思い、私がギルバート様にその意思を伝えれば、ギルバート様は「では、ここらで一番美味いと評判のパン屋にでも行くか」と提案してくださったので、私は静かに頷いた。


「……シェリル嬢は、本当に熱心に勉強しているのだな」


 パン屋に向かって歩く最中、ふとギルバート様はそんな風に声をかけてこられた。……何度も言うように、私は勉強がしたくてやっているわけではない。ただ、使用人たちのその思いやりに応えたいからって言うだけだし、押しに負けたというのも理由の一つだ。そのため、私がその言葉を返せば、ギルバート様は「……いや、よく頑張っていると思う」なんて私のことを褒めてくださった。


「今までやってきた令嬢は、勉強が好きな奴がいなくてな……。サイラスも、シェリル嬢はよくやっていると褒めていたぞ」

「……そう、ですか」

「あぁ、だからもっと自分に誇りを持っても良いと、俺は思っている。……なんて、こんなおっさん予備軍に言われても、迷惑なだけだな」

「……それ、は」


 何故、ギルバート様はご自分をそこまで卑下されるのだろうか? でも、それを問いかけて図々しい女だと思われるのは嫌だった。何故そう思ったのかは、よくわからないのだけれど。だから、私は「まだまだ、お若いじゃないですか」というだけにとどめておく。三十三。まだまだお若い。


「そうか?」

「はい、ギルバート様はまだまだお若いですよ。この間も言ったように」


 視線は前を向いたまま、私はそう続けた。本当に、このお方は自分を卑下しすぎだ。もう少しでいいから、自信をもたれたらいいのに……。まぁ、私に言われたくないかもしれないけれど。


(でも、ギルバート様って結構素敵なお方なのよねぇ)


 ふと、心の中でそう思ったけれど、その気持ちには蓋をした。……私じゃ、ギルバート様には似合わないから、ね。

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