第17話 ギルバートとシェリルのデート(?)(2)
リスター家からフィヘーの街までは馬車で一時間程度かかるらしい。その間、私はじっと馬車に揺られ続ける。時折馬車の窓から外を見つめれば、そこには綺麗な青空が広がっていた。……空って、こんなにも綺麗だっけ? やっぱり、王都と辺境の地は違うのね。
(リスター家から見るものとも、やっぱり違うわ)
窓の外を見つめながら、私はそんなことを考える。ふと隣に視線を移せば、ギルバート様が腕を組んで何やら考えこまれているよう。……今は、話しかけない方がいいわよね。うん。そう思って、私は窓の外を見つめ続ける。
「シェリル嬢」
そんなことを私が考えていると、不意にギルバート様が私に声をかけてこられた。そのため、私がギルバート様の方を見つめれば、ギルバート様は私の顔をじぃっと見つめられていた。……あまり、見つめないでほしいのだけれど。そう思いながら私が視線を逸らせば、ギルバート様は「街の視察を終えたら、農地の方に行こうと思う」と私に告げてこられる。
「農地、ですか?」
「あぁ、そうだ」
ギルバート様のお言葉を茫然と繰り返せば、ギルバート様は「不作だからな。今後の支援の方針を決めるためだ」と私に教えてくださった。……ふむ、やっぱり現場を見て決めるのが一番よね。そう言うことならば、私が嫌がる理由もない。
「そうでございますか。では、私のことは気にせずに、どうぞ」
「……そう言ってくれると、助かる」
どうやら、ギルバート様は私がどういう反応をされるかが気になっていたよう。まぁ、私としては伯爵領のために動かれるのが伯爵様の仕事だと思っている。だから、私が反対する理由はない。普通の令嬢は農地に行くことなど嫌がるかもしれないけれど、生憎私は普通じゃない。……令嬢らしい令嬢じゃ、ないから。
「私は、リスター伯爵家の領地については勉強中なので、あまり力にはなれないと思います。ですので、大人しくしていますね」
「……ちょっと待て。勉強しているのか?」
「はい、サイラスさんがしておいた方がいいと、言うので」
実際問題、私はここに居座るつもりはないので、勉強する必要はないと思う。しかし、サイラスさんがあまりにも熱心に教えてくれるので、私は流されるように勉強を始めた。元々、勉強や学ぶことは嫌いではないので、苦ではないというのも大きいのかもしれない。
「……アイツは……!」
「サイラスさんは、ただ熱心なだけだと思います。それに、勉強は純粋に役に立つと私は思っておりますし」
領地ごとの違いはあるかもしれないけれど、女主人としての仕事は大体同じ。当主を支え、使用人たちをまとめる。社交をし、夫が仕事をしやすいように配慮する。……確か、私の継母もそう言うことをしていた……と思う。いや、知らないけれど。
「まぁ、そうだな。……学んでくれると、何処に嫁に出しても恥にならないから、俺としても助かるしな」
ギルバート様はそうおっしゃって、私の頭に手を伸ばそうとされて――慌てて引っ込められていた。やはり、女性に触れるのは嫌なのか。私はそう判断して、何も言わなかった。ただ、「ありがとうございます」と言って軽くお礼を告げるだけだ。
「……何か、あったのか?」
「いえ、私のことをここまでお世話してくださっていることに対して、です。私、何処にお嫁に行くとしてもこの恩は忘れませんから」
「……そう、か。まぁ、サイラスたち使用人はリスター家に女主人としていてもらいたいと思っているようだがな」
「……ははは」
そのお言葉に、私は乾いた笑いを零すことしか出来なかった。私は、この家に恩がある。だから、出来ればサイラスさんたちを始めとした使用人たちの望みは叶えたいと思っている。だけど、そのお願いは叶えられない。だって、私の夫となるのはサイラスさんたちの誰かではなく、他でもないギルバート様なのだ。……ギルバート様本人が、私のことをどう思われているかが重要。
「……そろそろ、着くぞ。街の外れに馬車を止めてもらうから、そこから歩いていくが……大丈夫か?」
「はい、動きやすい格好で来たので問題ありません」
私がちょっとだけふんわりと笑ってそう言えば、ギルバート様は露骨に視線を逸らしてしまわれた。……照れていらっしゃるの、だろうか? なんだか、こういうところはやっぱり可愛らしい人よね。私にそう思われるのは嫌だろうけれど。
「……シェリル嬢」
「はい?」
「いや、綺麗だな、と思って」
ギルバート様は、私にそれだけを告げられると「お、降りる準備を、してくれ」とおっしゃる。……これは、追及しない方がいいわよね。そう判断して、私は「はい」と返事をした。それから、ギルバート様は馬車に乗っている間私と視線を一度も合わせてくださらなかった。
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