第16話 ギルバートとシェリルのデート(?)(1)
そして、視察の日がやってきた。約束の時間は朝十時。それまでに、いろいろな身支度を済ませておかなくては。
「何を持っていけばいいのかしら? ハンカチとか、そう言うものぐらいでいいわよね」
正直、視察に持っていくものなど全く分からない。そんなことを思い、私は小さな鞄にハンカチなどの必要最低限のものを詰め込んで「これでいいや」とぼやく。あ、お勉強も兼ねているから、筆記用具は必要かもしれないわ。入れておこう。
本日の私の服装は、簡易のワンピースだ。出来る限り動きやすい服装でとギルバート様がおっしゃっていたので、それに合わせた。ちなみに、このワンピースは初日にクレアに採寸された際に仕立てると言っていたものの一つだ。淡い水色のワンピースは、私のお気に入りだった。
「シェリル様。よくお似合いです! あと、日差しがきついといけませんので、帽子は持って行ってくださいませ」
「……えぇ、そうね」
マリンにつばの広い帽子を手渡され、私はそれを受け取る。なんだか、こうしているといいところのお嬢様みたいよね。……実家では、こういう格好をしたことがなかったのでなんだか新鮮。そんなことを考えながら、私は姿見の前で一度くるりと回ってみた。……うん、私じゃないぐらい綺麗ね。
「じゃあ、玄関に向かうわ。まだ早いかもしれないけれど……ギルバート様を待たせるわけには、行かないもの」
「承知いたしました」
クレアとマリンにそう声をかけて、私は客間を出て行く。今の時間は九時四十分。なんだか、出掛ける気満々に思われるかもしれないけれど、私も久々の外出ではしゃいでいるところがある。リスター家に来てからというもの、私は敷地外に出ていない。まぁ、実家にいたころもあまり外には出ることが出来なかったのだけれど。
(街かぁ、なんだか楽しみ)
だから、柄にもなくはしゃいでしまう。もちろん、表情はいつも通り。はしゃぐのは心の中でだけ。でも、そんな些細な私の変化にもクレアとマリンにはお見通しなのか、二人は後ろから「楽しんできてくださいませ」と声をかけてくれる。……本当に、私たち以心伝心なのかもしれないわ。
それから玄関にたどり着けば、そこではリスター家の御者であろう青年が私を一瞥して、一礼をしてくれた。その側にはサイラスさんがいて、彼は私の装いを見て「尚更、お美しいですね!」と褒めてくれる。……確かに、美しいけれど、なんだか私じゃないみたいよ。
「こんなにもお美しいシェリル様を見れば、旦那様もきっとシェリル様を意識してくださいますよ……!」
「……そうだと、いいのだけれどね」
出来れば、意識などしないでほしい。そんな心の声を隠して、私は苦笑を浮かべる。それから数分後、ギルバート様がやってこられた。その服装は、普段よりもラフだけれど……なんだか、とても似合っていて。少し、かっこいいなぁって。
(って、私が意識をしてどうするのよ!)
そうよ、私が意識をしてはダメよ。そう思って首をブンブンと横に振れば、ギルバート様は「どうしたんだ?」と私に声をかけてくださった。そのため、私は目を細めて「何でも、ありませんわ」とだけ言う。
(絶対に、好きになんてならないんだから!)
心の中でそう自分に言い聞かせ、私はギルバート様の「行くか」というお言葉にうなずいた。ギルバート様は、私の服装を見られても何もおっしゃらない。……残念、とまでは思わないけれど、やっぱりいろいろと似合っていないかなぁって、思ってしまう。使用人たちは立場上「似合っていない」とは言えないし。
「……シェリル嬢」
ギルバート様にエスコートされ、馬車に乗り込んだ後、不意にギルバート様が声をかけてこられる。その頬は、どこか赤くて何かがあったのだろうかと思い、私は心の中に疑問符を浮かべる。しかし、ギルバート様は私のことをちらりと見つめられると――。
「いつにもまして、綺麗だな。よく、似合っている」
とだけ私に告げてくださると、そのまま黙り込んでしまわれた。……似合っている。そのお言葉を聞いた私は、ほっと安心した。……良かった。似合っていないと言われなくて、良かった。
「……本日は、どこに向かいますの?」
何故か、心臓がバクバクと音を立てる。先ほどギルバート様の褒め言葉の所為だ。それが分かっていたからこそ、自分の心を誤魔化そうと私はギルバート様にそう問いかける。そうすれば、ギルバート様は「領地で、二番目に大きな街だ」と教えてくださる。……えぇっと、二番目だと――。
「二番目ということは、フィヘーの街、でしょうか?」
サイラスさんに教えてもらった情報を脳内から引っ張り出せば、ギルバート様は「そうだ。よく覚えていたな」と感心してくださった。その褒め言葉は、少し嬉しかったかもしれない。
(こういう風に褒められると……やっぱり、嬉しいわよね)
実家ではそんなに褒められなかったから、やっぱり褒められると嬉しい。だからだろうか、私は自分の手をぎゅっと握った。なんだか、ここにきて毎日幸せかもしれない。ふと、そう思った。
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