第15話 不器用なお誘い

「ここはしっかりとシェリル様に頼りになるところを見せて、彼女の心を射止めなくてはなりません」

「……射止めたところで、何になる」

「素敵な奥様が出来、私たちも安心できます」


 ……そう言うお話は、私がいない場所でしていただければ。そう思いながら、私はギルバート様とサイラスさんを見つめる。途中、サイラスさんとばっちりと視線があったものの、サイラスさんは「お任せください」とばかりに笑みを浮かべた。……いや、正直な気持ち任せたくない。逆に、怖いから。


「だからなぁ! 俺はおっさん予備軍だと言っているだろう!?」


 そして、遂にギルバート様がおキレになった。その場で立ち上がり、サイラスさんを睨む。だが、私がいることに気が付かれたからか、ギルバート様は露骨に気まずそうな表情になられた。……おっさん、予備軍。いや、ギルバート様はまだまだお若いと思うけれど……?


「あの、お言葉ですがギルバート様は、まだまだお若いではありませんか。三十三など、おっさんではありませんよ。もちろん、予備軍でもありません」

「……シェリル嬢?」

「あ、出過ぎた真似をしましたね。すみません」


 私はギルバート様に見つめられたので、そう言って謝った。まず、口を挟むつもりは一切なかった。しかし、自虐ネタは聞いていて気持ちの良いものではない。それに、私は本当にギルバート様をおっさん予備軍などとは思っていない。ただ、年の離れた兄感覚なのだ。


「ほら、シェリル嬢もそうおっしゃっているのですから! 確かに、子供の頃の年の差は大きいかもしれません。ですが、今となっては些細なこと。十五歳差など、政略結婚ではよくあることですよ」

「……だからなぁ」

「シェリル様も、そう思われますよね?」

「……まぁ、そうですね」


 確かに、政略結婚では十五歳の年齢差など時折あることだ。最悪、親よりも年上に嫁がされる話も聞くし……。そう考えたら、私とギルバート様の年齢差ってそこまで離れていないということなのかしら?


「そう言うことですよ。ほら、男らしくシェリル様をお誘いしてください!」

「……」


 サイラスさんの言葉に、ギルバート様は黙り込まれる。ふと扉の方を見つめれば、そこではクレアとマリンがこっそりと扉を開いて、執務室の中を覗いていた。二人は、私と視線が合うと「頑張ってください!」と手を振ってくる。……いや、だから何を頑張るの?


「……シェリル嬢。使用人たちが悪いな。シェリル嬢も迷惑だろう。このことは、気にしなくてもいい」

「……はぁ」


 ギルバート様はそうおっしゃって私のことを見つめられると、お仕事に戻られようとする。サイラスさんに肩を掴まれていたものの、ギルバート様はその手を振り払って仕事の机の前に戻られるだけだ。……サイラスさんが、私に縋るような視線を向けてくるので、私は一肌脱ぐことにした。


(本当は、こういうのは専門外なのだけれど――)


 けど、最近はよくしてもらっているのだ。少しでも、恩返しをしたいかもしれない。いずれは、この家を出て行くにしても、今だけは、ね……。


「ギルバート様。私――迷惑じゃ、ありませんよ」


 そう思ったら、口は自然と言葉を紡いでいた。本当のところ、使用人たちの図々しさも嬉しかったのだ。実家では、使用人たちは庇ってくれていたものの、どこか一線を引いていた。だから、彼らが引いた一線を超えないようにと私も気を張っていた。それがなくて、楽だというのもある。


「……はぁ?」

「ですので、よろしければ私を街に連れて行ってくださると、幸いです。……私、街が気になります。美味しいものとか、気になります。あ、もちろん料理人の方々のお料理が美味しくないと言っているわけでは、ありません」


 それっぽい理由を並べ、私はギルバート様に「迷惑じゃありませんよ」と伝える。そうすれば、ギルバート様は「……本当、か?」なんて呟かれて私の方を怪訝そうな目で見つめられるので、私は首を縦にブンブンと振った。


「……もちろん、ギルバート様が迷惑なのでしたら、私は無理強いはしません」


 一応、こんな言葉も付け足しておこう。そう思って、私がそうつけ足せば、ギルバート様はしばし考えたのち「……美味しいものを、食べるぐらいならばいいぞ」とおっしゃってくださった。


「視察など行っても暇だろうが、それでもいいのか?」

「はい、構いません」


 暇上等。そんなことを考えながら、私がそう返事をすればギルバート様は「……三日後、午前中の十時に、玄関に来てくれ」と私に告げられた。それは、ギルバート様が不器用にもしてくださったお出掛けのお誘い。


(……なんだか、可愛らしい)


そのお誘いを聞いた私は、そんなことを思った。……いや、十五も年上の男性に「可愛い」という感想は間違えているのかもしれない。だけど、この時の私は――間違いなく、そう思っていた。

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