第14話 デートはいかが?
☆★☆
「えぇっと。ギルバート様が、街を視察されるの……?」
「はい、そうでございます、シェリル様」
私がリスター辺境伯爵家に滞在を始めて早十日が経った。使用人たちとは少しずつ打ち解け始めたものの、ギルバート様との距離は相変わらず遠い。いや、私は父の指示通りにギルバート様を手籠めにするつもりは一切ないので、それはそれで構わないのだけれど。ただ……最近、サイラスさんを始めとした一部の使用人たちが、私とギルバート様をくっつけようとしているのよね……。それが、少し困っている。
「旦那様は、二ヶ月に一度ほどのペースで、領地にある街を視察されております。初めはもっと頻度が多かったのですが……最近は、お忙しいので」
「……そうね。今年は、どこの領地も不作らしいわね」
「さようでございます。そのため、旦那様は領民たちへの援助を考えていらっしゃいまして……」
サイラスさんは私の言葉にうんうんと頷く。アシュフィールド侯爵領ほどではないものの、このリスター伯爵領も今年はあまり豊作ではなかったらしい。それは、サイラスさんの授業で知った。……それにしても、サイラスさんは最近本当に私に甘くなった。……私が何かをすれば褒め称え、「貴女のようなお方が、旦那様の奥様に……」と二言目には言ってくる。でも、よく考えてほしい。……ギルバート様と私、年の差がありすぎると思うのだけれど。
「……領地に援助を考えるなんて、素敵な領主様ね」
ボソッと私がそう零せば、サイラスさんは「そうでしょう!」と言って嬉しそうにする。ここ一週間で知ったことだけれど、サイラスさんはギルバート様のことを弟の様に可愛がっている。きっと、弟分を「素敵だ」と言われて嬉しいのだろう。……いや、私に褒められるのは微妙かもしれないけれど。
(……私の父は、そんなことをしないわね。絶対に)
そして、そんなことも思う。私の父は身勝手な人だ。継母も、身勝手な人だ。エリカも、身勝手だ。身勝手が三人集まれば、とんでもないことが起こるのは目に見えている。……アシュフィールド侯爵領の領民たちが哀れだけれど、今の私にできることはないのよね。ごめんなさい。
「というわけでして、シェリル様もぜひ、一度このリスター伯爵領の街に出向いていただきたく……」
「……ねぇ、どうしてそうなるの?」
「そりゃあ、未来の奥様になっていただくためですよ!」
……うん、ごめんなさい。意味が、分からないわ。そう思って私が眉を下げれば、サイラスさんは「旦那様に、同行の許可を取りに行きましょう!」と言って私をソファーから立たせて、グイグイと背を押す。……ちなみに、今の私はマナーレッスンの休憩時間だった。だから、ゆったりとしていたのだ。
「旦那様も、お美しいシェリル様とデートが出来れば、少しは婚姻を意識してくださると思うのです」
「……あの、ギルバート様は私のことなど眼中にない――」
「いえいえ! きっとシェリル様の魅力に気が付けば、貴女様を妻にしたくなるはずです!」
……本当に、意味が分からない。ここ数日毎日思っている感想を、脳内で零しながら私は背を押されギルバート様の執務室に向かう。途中、メイドたちとすれ違った際には、彼女たちに「旦那様のお心を、射止めましょう!」なんて言われたけれど、私にそのつもりは全くない。私に辺境伯爵家の当主妻など、務まるわけがないのよ。うん、そうよ。ろくに教育を受けていないのだから。
「旦那様。シェリル様を、お連れしました」
それから約十分後。私はギルバート様の執務室の前に、立っていた。サイラスさんが扉越しにそう声をかければ、中でがたんと何かを落としたような音が聞こえて、私はびっくりとする。それに対して、サイラスさんはただ「慌てていらっしゃるだけですよ」とニコニコと笑みを浮かべて言う。……何を、慌てる必要があるのだろうか。
「は、入れ……」
「失礼、いたします」
正直、私は執務室に来たくて来ているわけじゃないのだけれど。そう思いながら私がギルバート様の執務室に入れば、お部屋の中は少々散らかっていた。……先ほどのガタンという音は、どうやら重い本を落とされた際の音のようだ。
「サイラス。お前、何の用件でシェリル嬢を連れてきたのだ……」
ギルバート様は、私にソファーに腰を下ろすようにとおっしゃると、サイラスさんを手招きしてそんなことを問いかけられていた。そうすれば、サイラスさんは特に気にした風もなく「デートのお誘いを、していただこうかと思いまして」などと悪びれもせずに言う。そのため――ギルバート様は、むせた。それはそれは、露骨にむせられていた。
「お前! 何を言っているんだ!」
「いえ、三日後に領地に視察に行くではありませんか。その際に、シェリル様に同行をお願いしてはいかがかと思いまして。女性を満足させるデートのプランは、すでに従者たちに立ててもらっています」
「余計なお世話だ!」
サイラスさんとギルバート様は、そんなことを叫びあっていた。……仲が良いことは、いいことよね。私はそんなことを思いながら、側に寄ってきた侍女が出してくれた紅茶をのんびりと飲んでいた。
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