第20話 ギルバートとシェリルのデート(?)(5)

 その後、先ほど通りかかった広場に戻る。それから、その広場の端にあるベンチにギルバート様と並んで腰を下ろし、私はニコニコと笑みを浮かべながらパン屋の紙袋を開ける。やっぱり、こんなにも笑みを浮かべた私は柄じゃないかな……とも思うけれど、ギルバート様は何かを指摘されることもない。なので、私はパン屋の紙袋からサンドイッチを取り出して、ギルバート様に一つを手渡した。


「……いただきます」


 小さくそうつぶやいて、私はサンドイッチの包みを解いてゆっくりとそのサンドイッチにかぶりつく。少し品がないかもしれないけれど、この広場にいる人たちはみんな楽しそうに食べ物にかぶりついている。だから、問題ないだろう。そう思いながら、私はサンドイッチを頬張る。ふわふわのパンと、まだみずみずしいお野菜たち。ベーコンは少し味付けが濃いめなのか、しっかりと味が伝わってくる。……美味しい。


「シェリル嬢。あまり、がっつかなくてもサンドイッチは逃げないぞ」


 ただひたすら美味しそうにがっつく私に、ギルバート様はそう注意される。……リスター家に来てから、私はマナーなどを一通り覚えた。でも、マナーみたいに堅苦しいものは元々好きではない。だから、私としてはこう言う風にかぶりついたり頬張ったりする方が好き。


「シェリル嬢は、そう言う風に食べるのが好きなのか?」

「……まぁ、そうです、ね」


 ギルバート様にそう問いかけられて、私は静かにそう返す。そうすれば、ギルバート様は「まぁ、今日は気にしなくていいぞ」とおっしゃった。その後、ギルバート様ご自身もサンドイッチを頬張られた。


 並んで外でご飯を食べていると、なんだか普通の夫婦みたいだなぁって思う。でも、実際は違うのよね。私たちはまだ婚約者同士みたいな関係だし、元をただせば主と居候。……だけど、私たちの関係って本当に言葉には言い表せないわよね……。


(私、嫁がされてここに来たのに、婚姻していないことになっているし……)


 諸々ギルバート様側にも事情があるのだろうし、父が勝手に「嫁にもらってくれ」と言って送り込んだに等しいので、婚姻関係になっていないのは分かる。しかし、私たちの関係って何なのかな……って度々思ってしまう。使用人たちは私とギルバート様をくっつけようとしているけれど、ギルバート様ご自身がどう思われているのかな、とも思うし……。


「シェリル嬢、どうかしたのか?」


 茫然とサンドイッチを持って空を見上げていると、不意にギルバート様にそう問いかけられる。どうやら、私の手が止まったのを見て怪訝に思われたらしい。なので、私は「いえ、何でもありません」とだけ少し俯きがちに答えていた。


「何か、気になることがあるのか?」


 俯きがちにそう答えた私を見てか、ギルバート様は私の顔を覗きこられてそうおっしゃる。……正直、気になることがありすぎて、どれを問いかければいいかが分からない。……でも、やっぱり一番気になるのは――……。


「私たちって、どういう関係なのでしょうか?」


やっぱり、私たちの関係性だろうか。夫婦でもない。きちんとした婚約者同士でもない。恋人でもなければ、義兄妹というわけでもない。だったら、私たちの関係性を表す言葉はないに等しい。


「……俺たちの関係は、婚約者同士だろう?」

「ですが、実際そう言う関係というわけではありません」


 確かに、周囲にはそう説明しているかもしれない。だけど、私はそう言う関係じゃないと思っている。……あえて言うのならば……やっぱり、主と居候?


「私たちの関係性を言い表せる言葉って、あるのでしょうか? ふと、そう思ってしまいまして」


 空を見上げて、そんなことをぼやく。空は青々としていて、悩みなんて一つもなさそうに見える。私の心は、悩みだらけなのにね。そう思ったら、なんだかおかしくて笑えてしまいそうだった。


「……シェリル嬢。そんな、無理に関係性を表すような言葉を探さなくても良いと思うぞ」


 悩む私に、ギルバート様はそう告げられるとサンドイッチを一度かじられる。その一口は、私よりもかなり大きくて。……先に私の方が食べ始めたのに、ギルバート様の方が食べられるスピードが速いわね。


「そうで、しょうか?」

「あぁ、俺たちみたいに意味の分からない関係だって、普通にあるだろう。……ま、俺は最近シェリル嬢のことを……その、妹みたいだなって、思うようになったけれどな」

「……そうなのですか?」


 そんなのは、初耳。……でも、やっぱり妻には思えないわよね。だって、私は十五歳も年下なのだから。


「シェリル嬢は、俺よりもずっと強いって、分かったんだ。……サイラスに、それは教えられた」

「私は、強いのでしょうか?」

「あぁ、婚約を解消されても、強かに生きている。……俺も、見習わなくちゃと思うようになった」


 ギルバート様は、私の方をまっすぐに見つめてこられると、その後、口元を緩められて「俺も、実はシェリル嬢と同じなんだ」なんて意味の分からないお言葉をおっしゃった。……え、えーっと、意味が、分からないわ。


「俺も、実は昔婚約を解消されたんだ。……それが、女性嫌いの始まりだった」


 そんな時、ふとギルバート様は空を見上げてそうおっしゃった。

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