第10話 二日目の始まり


「おはようございます、シェリル様。よく眠れましたか?」

「……んんっ、クレア?」

「はい、クレアでございます」


 ゆっくりと目を開ければ、そこには私の顔を覗きこむクレアがいた。寝台から見える位置にある窓に視線を移せば、太陽が昇っておりカーテン越しに明るい光が差し込んでいた。……朝に、なってしまったのね。


「旦那様から今後のお話がしたいと、伝言を預かっております。食堂に行けますか?」

「……えぇ」

「では、お着替えをしましょう」


 マリンにそう言われ、そう言えば普段着のワンピースのまま眠ったのだということを思い出す。……あぁ、やってしまった。そう思うけれど、マリンは特に気にした風もなく綺麗なワンピースを取り出してくる。そのワンピースの色は、淡い桃色だった。


「多分、シェリル様のサイズに合うと思います。……そちらに、どうぞ」


 鏡台の方に視線を向け、マリンがそう言うので私は鏡台の前の椅子に腰を下ろす。そうすれば、クレアが髪の毛を櫛で梳いてくれた。その様子を鏡越しに見つめながら、私はクレアの話を聞く。


「シェリル様は、とてもお美しいですよね。磨いたらもっときれいになりますよ!」

「……そう、かしら?」

「えぇ、そうですよ。髪型は、どうされますか?」

「何でもいいわ」


 クレアの問いかけにそう答えると、クレアは「では、軽く編み込みにしましょうか」と言って、私の髪の毛を弄りだす。鏡に映る私は、いつもよりも少し大人っぽく見えるだろうか。……いや、多分勘違いなのだろうけれど。


 その後、マリンに着替えさせてもらい、食堂に向かう。昨日のように食堂に向かえば、そこではすでにギルバート様が待機されていた。ギルバート様は私の姿を見ると、「よく眠れたか?」と問いかけてくださる。なので、私は静かに「はい、おかげさまで」と端的に返す。


「そうか。だったら、良かった」


 ギルバート様がそうつぶやかれるとほぼ同時に、サイラスさんが昨日の椅子を引いて、私にそこに腰を下ろすようにと勧めてくる。……どうやら、あそこが私の席らしい。


 私がその椅子に腰を下ろせば、お料理が運ばれてくる。ギルバート様のメニューは、朝食として一般的な量……の倍。私がそれを茫然と見つめていれば、私の目の前にもお料理が運ばれてくる。スープとサラダ。それからパン。スープとサラダは昨日とほぼ同じだけれど、パンは何処か小ぶりであり、消化によさそうなものだった。


「シェリル嬢。食べられる分だけでも、食べてくれ」

「はい」


 ギルバート様のお言葉に、私はそう返事をして手を合わせた後、食事に手を付ける。味わいは昨日とほぼ同じ。食材も昨日とほぼ同じ。しかし、消化に良いものばかりだったので、胃は大丈夫なようだった。そこは、素直に感謝をした。


「では、食事をしながらで良いので、聞いてくれ。……とりあえず、俺はシェリル嬢の別の嫁ぎ先を探す。そのため嫁入り道具なども、俺が用意しよう」

「あ、あの、そこまでしていただくわけには……」

「いや、いい。俺は何度もこういうことはしてきたからな。それに、このリスター辺境伯爵家はそれぐらいで没落するような家では、ない。だから、素直に甘えてくれ」


 私の躊躇いを他所に、ギルバート様はそうおっしゃるとパンを口に運ばれた。……一口が、大きい。そりゃあ、男性なのだから当然なのかもしれないけれど。それでも、びっくりとしてしまう。


「それから、俺のことは年の離れた兄だと思ってくれればいい。俺はシェリル嬢と夫婦になるつもりはないし、それ以上に妻として見ることができない。……分かるな?」

「……はい」

「ならばいい。これからしばらく、同居生活になるが……出来れば、俺に関わってくれるな。俺は、女が大層嫌いだ」

「……承知、いたしました」


 クレアとマリンの話の通り、やはりギルバート様は女性がお嫌いなのね。もしかしたら、何かトラウマでもあるのかしら……?


(ううん、それ以前に私がそこまで深入りすることは出来ないわね)


 しかし、私は心の中でそうぼやいて、食事を続けた。今回、胃は大丈夫そうで。二度もあんな目には遭いたくないわよね。そう思いながら、私は出された食事をしっかりと食べることが出来た。……その味は、とても美味で。私は、久々に食事に感動することが出来たのだった。

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