第9話 気遣い
「シェリル嬢。大丈夫か?」
「は、ぃ」
その後、私はギルバート様に支えられ、客間に戻ってきていた。ギルバート様は私の身体をソファーに座らせると、私の背を少しだけさすってくださる。……うぅ、本当に情けない。私の胃、こんなにも虚弱だったっけ……?
「どうぞ、シェリル様。お水とお薬でございます」
「……ありがとう」
それからしばらくして、マリンがお水とお薬をトレーに載せて持ってきてくれる。そのトレーを受け取り、お水でお薬を流し込む。……もう少ししたら、お薬が効いて楽になるだろう。
「……シェリル嬢、本当に、大丈夫か?」
「大丈夫、です」
ギルバート様は、またそうおっしゃって私の顔色を窺ってくださる。うぅ、もう少し、もう少し耐えるのよ、私。きっと、お薬が効いてくる……はずだから。
「……いろいろと、気が付かなくて悪かったな。もっと、シェリル嬢のことをきちんと見るべきだった」
「い、いえ、私が勝手に押しかけたに等しいので……」
そもそも、ギルバート様が私を気遣う必要などない。私は勝手に押しかけてきたに等しいのだ。普通ならば客間を与えられるような存在ではない。それは、私が一番わかっている。
「……アシュフィールド侯爵家での扱いは、大体想像がついている。だが、ここではそんな扱いをするつもりは一切ない。……その、俺は、シェリル嬢のような若い女の扱い方など分からなくて、だな……。クレアやマリンに任せっぱなしになるだろうが……」
しどろもどろになりながら、そうおっしゃるギルバート様。若い女の扱い方、か。私は身体は若いけれど、達観しすぎた結果、精神年齢は結構高めだと言われることが多い。そんな私も、若い女の部類に入るのだろうか?
「わ、私は……その、あまり、内面が若くなくて……」
「……俺から見たら、シェリル嬢は若いさ」
確かに、そのお言葉はごもっとも……かもしれない。ギルバート様は三十三。対する私は十八。私の精神年齢は、高くて二十代後半ぐらいだろう。そりゃあ、ギルバート様からすれば若いわよね、うん。
「では、俺はそろそろ食堂に戻る。クレア、マリン。あとは任せた。……何かあったら、遠慮なく言ってくれ」
「はぃ」
ギルバート様は、最後に私の頭を軽く撫でられると、お部屋を出て行かれた。……ふと、撫でられた頭が熱い気がする。私、こういう風に撫でられることが滅多になかったのよね……。だから、ちょっと柄にもなく嬉しいって思っちゃったのかも……。
(って、ギルバート様と私は今日が初対面。そんなことを思うなんて……図々しすぎるわ)
しかし、私は自分にそう言い聞かせる。私はギルバート様の妻になれと命じられてここに来たけれど、ギルバート様には拒否されている。そのため、そんなことを思うなんて……ダメに決まっているじゃない。それに、そもそもギルバート様は私よりも十五も年上なのよ? 絶対に好きになるわけが……ない、じゃない!
(そうよ。もしも好意を抱くとしても、その場合は『年の離れた兄』に抱く感情に近いはずだわ。絶対に、恋愛感情にはならないに決まっている)
心の中でそう思い、私はソファーに横になった。そうすると、クレアに「寝台で、眠ってくださいませ」と注意をされてしまう。……そうよね、ソファーで眠ったらいろいろと面倒よね。
「ごめんなさい、クレア。寝台に移動するわ」
だから、私はクレアにそう声をかけて、ゆっくりと寝台に移動する。寝台に寝転がれば、そこは想像以上にふかふかで少々驚いてしまう。……この寝台、どれだけ高価なものなのかしら? そう思ったら、少し怖くなってしまったかもしれない。
「では、何かがあれば頭上にあるベルを鳴らしてくださいませ。私かマリンが駆けつけますので」
「ゆっくりとお休みくださいませ、シェリル様」
クレアとマリンが、一礼をしてそう言う。その後、お部屋を出て行こうとするので私は慌てて二人を呼び止めた。そうだ、言わなくちゃいけないことがあるのだ。……明日のお食事を、胃に優しいものにしてほしいと。
「あ、クレア、マリン。明日の食事のことなのだけれど……」
「あぁ、承知しておりますよ。しばらくの間、胃に優しいものにしましょうね。料理人に伝えておきますので、ご心配なく」
でも、クレアはそう言った後「おやすみなさいませ」と続け、お部屋を出て行ってしまった。……何故、クレアとマリンは私が言いたいことが分かったのだろうか? そう思ったけれど、胃の調子が悪いと知っているのだから、それはある意味当たり前だったのかもしれない。
「……ここには、私の体調を心配してくれる人が、いるのよね」
実家にいたころは、使用人しか心配してくれなかった。でも、ここにいる人はそれ以上に温かい人……なのかもしれない。少なくともクレアやマリン、ギルバート様は温かい人だ。ギルバート様は、少々不器用みたいだけれど。
(もう一度、ゆっくりと眠ろうかな)
心の中でそうつぶやいて、私はゆっくりと目を閉じた。
そして、次に目が覚めたのは――次の日の朝だった。
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