第8話 ギルバートとの夕食(2)

 しかし、文句を言っても仕方がないし、そもそも私には文句を言う権利がない。そう思い、私は目の前に並べられていくお料理を見つめる。焼き立てのパンを主食に、スープやサラダ。それから、メインのお肉料理。さらにはデザート。しかも、それぞれに数種類用意されている。……これ、いったい何人分かしら?


「シェリル嬢の好みが分からなかったからな。とりあえず、いろいろと用意させてみた。好きなものを、好きなだけ食べてくれ」

「え、えぇ……」


ギルバート様は何でもない風にそうおっしゃるけれど、そのお言葉を聞くに、これは私とギルバート様の二人分ということなのだろう。……私、こんなにも食べられないのだけれど? そうしたら、お料理が無駄になってしまわない?


「シェリル嬢。何か、不満があるのか?」

「い、いえ、そう言うわけでは……」


 私の戸惑いを見て、ギルバート様はそんな風に声をかけてくださった。不満は、ない。そう、不満は。……しかし、あえて言うのならばお料理が多すぎて無駄になる気がするというか……。きっと、使用人たちの賄になるのだろうけれど、毎回こんなにも作られたら……その、労力の無駄になってしまうというか……。


「あ、あの、私好き嫌いはないので、品数とか最低限で良いです……」

「そうか? まぁ、シェリル嬢がそう言うのならば、明日からは減らそう」


 うん、そうしてくださると、いろいろとありがたい。そんなことを考えながら、私は勧められるがままにサラダを口に運んだ。……みずみずしくて、とても美味しいお野菜。そして、お野菜の上にかかっているドレッシングも、とても美味。これだけで、ずっと食べられそうだ。


(うぅ、でもお野菜一つとっても、高価なものなのよね……。お願い、胃。受け付けて……!)


 心の中でそう思いながら、私は次にコーンスープに口をつけた。コーン特有の甘味が口いっぱいに広がって、とても美味しい。パンに浸しても、いいかもしれない。そう思いながら私がお料理を食べ進めていると、不意にギルバート様とばっちりと視線が合ってしまった。……何故、彼は私が食事をする光景を真剣に見ていらっしゃるのだろうか?


「あ、あの、見られると、食べ難いと言いますか……」

「あぁ、そうか。すまない」


 私の小さな抗議に、ギルバート様は納得してくださったのかすぐにご自身も食事を始められた。ギルバート様はさすがに男性と言うべきか、かなりの量を素早く食べていらっしゃった。私は、小さなパンを二つ食べたらお腹いっぱいだというのに。


(……うぅ、でもなんだかお腹が痛くなってきたかも……)


 だけど、お料理をある程度食べた後。私にはやはりと言うべきか、腹痛がやってきていた。高価なものを普段食べてないから、胃があまり受け付けなかったのだろう。いつもよりも量も控えたつもりだったのに……。


「……シェリル嬢?」


そんな私の異変に気が付かれたのか、ギルバート様が私の方に駆け寄ってきてくださる。でも、私はそんなギルバート様をさりげなく拒否した。さすがに「食材が高価すぎて胃が受け付けませんでした」なんて、恥ずかしくて言えやしない。……あ、私にはどうやら羞恥心はあったらしい。こんな時だけ、反応する羞恥心が。寝顔とかに関しては、何も思わなかったのに。


「あ、あの、その……少し……」


 なんと言えば良い? なんといえば、失礼に当たらない? そう思って頭をフル回転させるものの、顔色とお腹の調子はどんどん悪くなるばかり。そんな私の様子を見られたギルバート様は、どう思われたのだろうか。食べ過ぎとか、思われたのかもしれない。まぁ、そうだったとしたらまだいいだろう。


「……シェリル嬢。少し、部屋でゆっくりと休もう。ここ数日、移動食ばかりだったみたいだからな。腹が驚いたのだろう。……立てるか?」

「は、はいぃ」


 ギルバート様はそうおっしゃると、私の身体を支えてくださる。しかし、ギルバート様の予想はある意味当たりだった。胃が食べ物を受け付けなかったというところだけ、当たっている。……だけど、やっぱり後で理由はしっかりと話そう。


「クレア、マリン。後で薬を持ってきてやってくれ。相当、辛いみたいだからな」

「かしこまりました」


 マリンがそう答えて、颯爽と食堂を出て行く。うぅ、本当にご迷惑をおかけします……。そう思っていると、私はふとギルバート様が私に触れるのを最小限にしていらっしゃることに気が付いた。……相当、女性が嫌いなのだろう。


「シェリル嬢。俺が部屋まで運ぼう。……落ち着いたら、また何か胃に優しいものを食べればいい」

「ご、ご迷惑を、おかけします……」

「いや、構わない。今後のことをもう少し話そうかと思ったが、明日に回そう。……まずは、体調を整えるところからだ」


 そうおっしゃったギルバート様は、引き続き私の身体を支えてくださる。なので、私は何とか歩くことが出来た。……本当に、情けない。まさか、高価な食材に胃が負けてしまうなんて……。


(しばらく、食事は胃に優しいものにしていただこう……)


 そして、私はそう決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る