第7話 ギルバートとの夕食(1)
「シェリル様。夕食の準備が整いましたよ」
クレアに採寸されること、約一時間。疲れ果てていた私の元に、マリンがやってきてそんな知らせをくれた。……こ、これで美容関連の話から解放される……! そう思って、私は心の中で歓喜した。
(クレアには悪いけれど、ちょっとお話が難しすぎるのよ……!)
採寸中、クレアは延々と私に似合いそうな色やデザインを、語ってくれた。そして、美容に関しても語ってくれた。しかし、私にはその大半が理解不能であり、さらには実家での装いも訊かれたのだけれど、私が身に付けるのは決まってエリカのお下がりだった。そのため、自分のために何かを仕立てたことなど一度もなかった。それを説明した時、クレアはとんでもなく怒り出した。……それこそ、この達観してしまった私が怯んでしまうぐらいには。
「用事が終わったのでしたら、今から食堂まで案内しようと思うのですが……?」
「では、よろしく」
マリンのその提案をありがたく思いながら、私はクレアとマリンに連れられて、リスター家の屋敷を歩いていく。一階は客間や応接間、食堂などの客人が使うことがあるお部屋をメインに配置されているらしい。そして、二階はこの家の主一家の私室や執務室などがあるそう。三階は住み込みの使用人たちが住まう寮的な役割。それは、クレアが説明してくれた。私は、訊いてもいないのに。
「旦那様は、もうすでに待機されているとおっしゃっておりました。少し、お仕事が早めに終わったとか……」
「そ、そう。待たせるのも悪いわね。じゃあ、早足で向かいましょう」
正直、誰かと食事をすること自体が久々すぎて、どういう表情をして食事を摂ればいいかが分からないのだけれど、そこは何とかなると信じたい。普段、一人で食事を摂っていたので、食事をする際の表情が本当に分からない。一人だった時は、無表情でよかったのに……。
「失礼いたします、旦那様。シェリル様が来られました」
「……入れ」
クレアが一つのお部屋の扉をノックし、開けてくれる。そして、私にお部屋に入るようにと笑みを浮かべて言ってくれた。なので、私は「し、失礼いたします……」とぎこちない一礼をした後、そのお部屋に足を踏み入れた。
そのお部屋は、やはりと言うべきか食堂だった。大きな長方形のテーブルが中央に置いてあり、その周りに十以上の椅子が並べられている。天井からはシャンデリアが吊るされており、とても煌びやかな空間だった。
しかし、それよりも。私は、どこに腰を下ろすべきなのだろうか。そう思って迷っていれば、ギルバート様の後ろに控えていたサイラスさんが「ゴホン」と一度咳ばらいをし、一つの椅子を引いてくれた。……あそこに、座ればいいのだろう。
「し、失礼します……」
サイラスさんにそう声をかけて、その椅子に腰を下ろせばサイラスさんは何故か私を見て驚愕したような表情を浮かべる。……何か、無礼なことでもしただろうか。そう思っていたものの、サイラスさんは小さく「侍従には、そう言うことは言わないように」と私に耳打ちしてきた。……そう、なのね。
「シェリル嬢。ぐっすりと眠っていたようだが……疲れは、取れただろうか?」
「はい、おかげさまで長旅の疲れは取れました。あと、毛布ありがとうございました」
私がぎこちない笑みを浮かべてギルバート様にそう声をかければ、ギルバート様は一瞬目を見開かれたものの、すぐに私から視線を逸らされる。それから数秒後、小さく「……そうか」とおっしゃった。……クレアとマリンの話を聞くに、ギルバート様は悪いお方ではなく、不器用なお方だ。……それから、大層な女性嫌いだった。
「……聞いてると思うが、寝顔は見ていないからな」
その後、ギルバート様はそうつけ足された。……相当、寝顔にこだわっていらっしゃるようだ。いや、普通に考えれば寝顔は恥なのか。私に、羞恥心がないだけなのか。……寝顔は恥。少し、学習できたと思う。
「いえ、私にそこまで気を遣うことは――」
「――いや、シェリル嬢は嫁入り前だろう。……実家でどうだったのかは知らないが、ここでは丁寧に扱う……つもり、だ」
「……そう、ですか」
正直、私は嫁入り願望がゼロなのだけれど。本当に、出来ればメイドとしてここで働かせていただきたい。そう思うけれど、口にすることは出来なかった。だって、ギルバート様は好意で言ってくださっているわけだし。その好意を無下にすることは、出来ない。
(っていうか、私ここにギルバート様の妻になるために来たのよね……?)
そして、一瞬そう思う。父は、私がギルバート様を手籠めにすることを望んでいる。しかし、この私にそんなことが出来るわけがない。本当に。私が対人関係で弱いのは、父も知っているはずなのに。
「一ヶ月から三ヶ月ほどあれば、新しい嫁ぎ先も見つかるだろう。それまでは、ここに住んでいて構わない」
ギルバート様はそうおっしゃると、お水に口をつけられた。……その仕草は、とても優雅で美しい。お顔は強面だけれど、このお方はそこまで怖い人ではないの……だろう。
「……承知いたしました。では、しばらくの間そのお言葉に甘えたいと思います」
本音は隠して、私はそんな返事をする。……メイド願望、消えていないのだけれど。
私がそう考えていると、私とギルバート様の前に数多くのお料理が並べられ始めた。……でも、ちょっと待って。コレ、すごく高価な食材を使っていないかしら……?
(……お腹、大丈夫、よね?)
お腹が、高価な食材を受け付けなかったらどうしよう。ふと、そんな不安が私の頭の中をよぎった。
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