第6話 押しの強い侍女姉
「んんっ」
ゆっくりと目を開けて、ソファーから起き上がる。どうやら、あの後少し眠ってしまったようだ。窓の外を見れば、少し日が傾きかけている。……眠っていた時間は二時間ぐらいだろうか。
「でも、ゆっくりと眠れたわね。馬車の中だと、ぐっすりというわけにもいかなかったし」
そう思って、私が視線を自分の身体に向けると、そこには毛布が掛けられていた。……クレアか、マリンかな。わざわざ私の身を案じてくれた二人に心の中で感謝し、私はゆっくりと立ち上がって伸びをした。
「シェリル様。お目覚めでございますか?」
「……えぇ」
そして、私が起きて少しした頃。お部屋の扉が三回ノックされて、クレアとマリンが現れる。二人は相変わらずそっくりであり、左右のサイドテール以外に違いがない。……本当に、この二人を見分けるのは至難の業なのかもしれない。入れ替わっても、すぐには見分けられないだろう。
「クレア、マリン。ありがとう、わざわざ、毛布を掛けてくれたみたいで……」
「あぁ、それ旦那様ですよ」
「え?」
私の礼を聞いて、クレアはあっけらかんとそう答える。その回答に、私が驚いて目をぱちぱちと瞬かせていると、マリンは「旦那様が、シェリル様のご様子を一度見に来られまして」と続けた。
「その際に、眠っていらっしゃったので毛布を掛けておいたとおっしゃっておりました。……それから、寝顔はあまり見ていないので安心してくれ、と伝えてくれと」
「そ、そう」
……寝顔を見られることに、羞恥心はあまりない。でも、普通の年頃の娘ならば嫌かもしれない。だから、ギルバート様はそんなことをおっしゃったのだろう。それは、すぐに分かった。……きっと、エリカならば怒り散らしていただろうし。
「ところで、シェリル様。夕食はどうなさいますか?」
「こちらに運んできてもよろしいですし、食堂に行かれても構いませんよ」
そんな私の考えも知らないクレアとマリンは、涼しい表情でそう言う。……運んできてもらう方が、正直に言えばありがたい。しかし、ギルバート様に詳しいお話をした方が良いだろうしなぁ。あと、ギルバート様も夕食時に詳しい話をとおっしゃっていた。ならば、私が食堂に行った方が良いか。
「じゃあ、食堂に行くことに……する、わ。ギルバート様に、いろいろとお話したいこともありますし。……あと、お礼も」
ボソッと最後につぶやいた言葉は、クレアとマリンにはしっかりと聞こえていたようで。二人は一瞬顔を見合わせた後「はい!」と勢いよく返事をしてくれた。
「では、私は食事の用意の方に移りますね。後は任せたわ、クレア」
「了解、マリン」
「そう言うわけで、失礼いたします、シェリル様」
そんな時、マリンはそう言うと部屋を出て行く。その後ろ姿を見送れば、残されたのは私とクレアの二人。……さて、何を話せばいいだろうか。とりあえず、詳しい自己紹介と事情をクレアには話した方が良い……かもしれない。
「えっと、クレア。私の事情とか……」
「それでしたら、ご心配なく。お話しにくいでしょうから、無理にお話する必要はありません」
私の言葉に、クレアはにっこりとした笑みを浮かべてそう言ってくれる。……やはり、クレアは私の地雷を踏まないようにとかなり気を遣ってくれているよう。……まぁ、貴族の令嬢って結構癇癪持ちが多いしなぁ。地雷は踏まないに限る。
「あ、シェリル様。とりあえず、この空き時間に採寸しましょうか」
「さ、採寸……?」
「はい、シェリル様専用のワンピースなどを仕立てるためですよ。あの小さな鞄に、たくさんの衣装が入っているとは到底思えませんから」
そんな時、シェリルは手をパンっとたたいてそんなことを言う。採寸ということは……まさかの、オーダーメイド!? い、いや、私そんな贅沢をするつもりなんて一切なくて……!
「い、いえ、オーダーメイドなんてそんな、贅沢なこと……!」
「いえいえ、旦那様のご指示ですので。背く力は私にはありません。採寸の資料を持って、明日仕立て屋に行ってきますね。シェリル様も、好きなお色やデザインがあれば何なりとおっしゃってくださいませ」
クレアはニコニコと笑ってそう言うけれど、私はひきつった笑みを浮かべることしか出来なかった。好きな色も、デザインもない。あえて言うのならば、私に合う色だったらなんでも……。
「シェリル様は、美しい桃色の髪をしていらっしゃいますよね! あと、瞳の色は水色ですし……。どんなお色が、似合うでしょうか?」
「さ、さぁ?」
しかし、私は自分に似合う色がイマイチ分からない。あえて言うのならば、ブルー系かなぁってぐらい。
「では、準備をしますのでそちらに腰かけてお待ちくださいませ」
私の意見も聞かずに、クレアは採寸の準備を始めてしまう。……だから、私の意見も聞いて頂戴。押しが、強すぎるわよ。
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