第5話 噂と真実の相違

「こちらが、シェリル様が滞在していただく客間になります。何か必要なものがあれば、何なりとおっしゃってくださいませ」


 その後、クレアさんたちに私が連れてこられたのは、屋敷の端にあるお部屋だった。クレアさんに扉を開けてもらい、その中に視線を移した私は……驚いてしまう。何故ならば、部屋の中がとても豪奢だったからだ。見るからにふかふかのカーペット。寝台はとても大きく、一人用には見えない。さらには、その側にあるソファーとテーブルもとても高価に見える。いや、実際に高価なものなのだろう。アシュフィールド侯爵家の屋敷にある客間とは大違い。……さすがは、王家からの信頼も厚い辺境伯爵家の屋敷と言うべきか。


「し、失礼いたします……」


 マリンさんに背中を押され、私は客間の中に入って行く。一歩足を踏み出せば、想像以上にカーペットはふかふかだった。それに若干引きながらも、私はとりあえずとばかりに持っていた小さな鞄を机の上に置く。この鞄一つで、私は嫁いできた。……いや、嫁ぐというのは少々語弊があるな。実際は、追いやられたということなのだろう。……ギルバート様に失礼だから口には出さないけれど。


「シェリル様には、ほとぼりが冷めるまで……そうですね、一ヶ月から三ヶ月ぐらいはこちらに滞在していただくことになるかと思います。もちろん、お客様として滞在していただくので、しっかりとおもてなしはさせていただきます」


 クレアさんは、ぺこりと頭を下げてそんなことを言う。……お客様。突然押しかけておいて、そんな風に扱ってもらえるのが意外だった。しかし、私はお客様として滞在したくない。せめて、メイドになりたい。


「あ、あの、クレアさん、マリンさん――」

「私たちのことは、どうか呼び捨てで」

「……では、クレア、マリン」


 私が二人を「さん付け」で呼ぶと、二人はすごく嫌そうな顔をした。そのため、私は渋々二人を呼び捨てにする。そうすれば、二人はにっこりとした明るい表情に戻ってくれた。この二人は、どうやら気持ちが顔に出てしまう人種らしい。まぁ、そちらの方が分かりやすくていいのかもしれないけれど。


「わ、私は、勝手に押しかけてきたに等しいので、客人として扱わなくても……」


 そうだ。私はもてなされるような客人ではない。勝手に嫁入りしに来て、勝手に押しかけてきた迷惑極まりない人間なのだ。だから、私はせめて役に立つためにメイドになりたい。タダでもいい。ここにおいてくださるのならば、働きたい。


「私、せめてメイドとしてここで働きたくて――」

「――それは、ダメでございます」


 私の言葉に、マリンさんは目を閉じてそう言った。その後「……シェリル様は、貴族のご令嬢ですから」と続ける。


 ……私は、貴族の令嬢なんかじゃない。名ばかりの貴族だ。実際、私は虐げられて育ってきたに等しいし、大切にされた覚えなどない。今回だって、厄介払いとばかりにここに押し込まれて――迷惑ばかり、かけている。


「旦那様のあのご様子ですと、シェリル様の新しい嫁ぎ先を見つけてくださると思います。……今まで、あのお方はそうされてきましたので」

「あ、あの、それは、いったいどういう……?」


 ギルバート様が、私の新しい嫁ぎ先を見つける……? 何も、そこまでする義理などないじゃない。そう思って私が頭上にはてなマークを浮かべていると、「……旦那様は、大層な女性嫌いでございます」とクレアさんが神妙な面持ちで言う。


「旦那様は、ご自身の元に嫌々嫁がされてきたご令嬢を、別のお方の元に嫁がせております。旦那様は、決して冷酷なお方ではございません。そりゃあ、確かに嫌いな相手には冷酷になりますよ。ですが……あの人は、ただ不器用で女性嫌いを拗らせているだけなのでございます」

「旦那様の選ばれる新しい嫁ぎ先は、しっかりとしたお方の元ですので、ご心配なく。古い伝手を使って、全力で良いご縁を探してくださると思います」

「ま、待って! それだと……ギルバート様の元を婚約者が逃げ出すという噂は――?」

「はい、旦那様ご自身が別のお方の元に嫁がされているだけでございます」


 ……なんだか、いろいろとややこしいことになっている気がする。私はそう思いながら、軽く頭を抱えた。……クレアとマリンの話を聞くに、ギルバート様は冷酷ではない。むしろ、いい人の部類に入るお方の気がする。だって、話を要約するとギルバート様は「女性嫌いを拗らせた不器用な人」になるのだもの。


「とりあえず、まずはごゆっくりとしてくださいませ。私たちは外に控えておりますので、何かあれば何なりと」


 混乱する私を他所に、クレアとマリンはそれだけを言ってお部屋の外に出て行ってしまう。残された私は、ただ茫然と天井を見上げた。私、何だかすごいところに来てしまった気がする。今更、そう思った。

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