第2話 リスター辺境伯爵家に到着しました
それから、六日後。私はリスター辺境伯爵家に到着した。途中、崖崩れが起きており遠回りを余儀なくされ、時間のロスをしたこと以外は平和な旅路だったと思う。
リスター辺境伯爵家の屋敷は、とても煌びやかだった。さすがは王国でもかなりの権力を持つ辺境伯爵家と言うべきだろうか。庭だけでもかなりと広々としているし、屋敷は白を基調とした美しいものだ。ところどころ紫色があしらわれているのは、きっとこの家の色なのだろう。
「よし、行くか」
それだけを小さくぼやいて、私はゆっくりとリスター家の屋敷がある敷地内に足を踏み入れた。御者は、私を降ろしてすぐに帰させた。彼は嫌そうな顔をしていたものの、それでも仕方がない。私と彼はここでお別れ。彼はこれからもアシュフィールド侯爵家で働き、私はここでメイド業を頑張る。それだけだ。
庭を眺めながら、屋敷に向かって歩いていく。庭はとても広くて、なかなか屋敷にたどり着くことは出来ない。父はギルバート様にお手紙を送っているとおっしゃっていたけれど、実際どうなのかは知らない。だって、あの人は私が追い出されていくところがなくなっても、困らないもの。全く、薄情な親である。……まぁ、ずっと前から知っていたことだけれど。
それから約十五分後。私はようやくリスター家の屋敷の前にたどり着くことが出来た。普通ならば、玄関のすぐ前まで馬車で移動するのだろうけれど、生憎私は歓迎されていない客人だ。そんな図々しいこと、出来るわけがない。そう思って、私は徒歩という選択を取った。
その後、やたらと大きな玄関の扉を数回ノックする。……しかし、返事はない。やはり、父が手紙を出したというのは嘘っぱちだったのだろう。……さて、会えないことにはメイドとして頑張るということも出来そうにない。ここで立ち往生するのも、なんだか嫌だ。完全に不審者だから。本当に、どうしよう。そう思っていると、不意に扉がゆっくりと開く。そして、私の正面に――中年の男性が、現れた。
「……どちら様でしょうか?」
その中年の男性は、そう言うと私のことをジロジロと見つめてくる。大方、不審者ではないか吟味しているのだろう。それに気が付いたので、私はゆっくりと一礼をして「アシュフィールド侯爵家から参りました。シェリルと申します」と自己紹介をした。そして、ぺこりと軽く頭を下げる。
「アシュフィールド……? あぁ、あの落ちぶれた侯爵家ですか。……そう言えば、旦那様がそこから手紙を受け取っていたような気がしますね」
……どうやら、こんな辺境の地にもアシュフィールド侯爵家が落ちぶれているのは伝わっているらしい。それに微妙な気持ちになりながらも、私がその男性を見据えれば、男性は「では、旦那様に確認をしますので、とりあえず応接間に案内しましょう」と言ってくれた。
「……ありがとう、ございます」
その言葉に、私はそれだけを告げてゆっくりとその男性の後に続いた。
リスター家の屋敷の中は、すごく綺麗だった。全体的に紫色が多いのは、やはりこの家の色が紫色だからだろうか。飾られている骨董品一つとっても、かなり高価なものだろうし。実家では、到底買えない値段だということは容易に想像が出来た。
「えっと……」
「あぁ、私はサイラスと申します。リスター家の執事でございます」
「では、サイラス、さん」
メイド希望の分際で、呼び捨てにすることなど出来なかった。そのため、ゆっくりとかみしめるようにそう呼べば、サイラスさんは「……なんとでも、呼んでくださって構いません」と素っ気なく対応してくる。そりゃそうか。こんな不審者気味の女になど適当に対応するに決まっている。心の中でそう納得し、私はサイラスさんに応接間に案内してもらう。
応接間の中は、やはりとても煌びやかだった。サイラスさんに勧められるがままソファーに腰を下ろせば、若い侍女さんが紅茶を出してくれる。その後、その侍女さんは「旦那様はお仕事中ですので、もうしばしお待ちくださいませ」と私ににっこりと笑いかけて言ってくれた。……この侍女さんは、フレンドリーな性格なのだろう。
「クレア。あまり慣れ合わないように。アシュフィールド侯爵家の人間など、何をするかわかりませんからね」
しかし、サイラスさんは「クレア」と呼ばれた侍女さんを睨みつけてそう言う。……どれだけ、嫌われているのだろうか。そう思ったものの、これが当然なので何も言わない。ゆっくりと出された紅茶を口に運べば、その紅茶はとても上品な味わいがした。……実家では、到底飲めないランクのものだ。
「……まぁ、この女性の相手はクレアに任せますよ。私は、まだ仕事がありますので」
「はい!」
サイラスさんはそれだけを言って、応接間を出て行く。残されたのは、私……とクレアさん。クレアさんは、その橙色のサイドテールを揺らしながら、私に「クレアです。よろしくお願いいたします!」と自己紹介をしてくれた。……本当に、フレンドリーな人だなぁ。それが、私がクレアさんに抱いた第一印象だった。
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