第3話 双子侍女

「私は、シェリルです。シェリル・アシュフィールド」


 しばらく茫然としていた私だけれど、ハッとして軽く自己紹介をした。自己紹介をしないと、クレアさんにも迷惑だろう。名前も分からないと、いろいろな面で不便だし。


 私の自己紹介を聞いて、クレアさんは「シェリル様ですね!」と言ってニコニコと笑っていた。クレアさんが少し顔を動かすだけで、その橙色のサイドテールがふわりと揺れる。それがとても美しくて、私は視線を奪われてしまった。


「シェリル様は、ここに嫁入りすることになったのですよね?」


 そんな風に私がクレアさんのサイドテールに視線を奪われていると、不意にクレアさんは爆弾を落とした。……嫁入り。そう、私はこのリスター家に嫁入りをしに来ている。私としてはメイド希望なのだけれど、父が本当に手紙を出していた以上、そう言っても意味がないだろう。


「……まぁ、そう、ですね」


 私がクレアさんから視線を逸らしてそう言えば、クレアさんは「触れられたくないこと」だと判断したのだろう。「すみません、深入りしてしまって……」と眉を下げて謝ってきた。いや、確かに触れられたくないことだけれど、謝られるようなことでもない。元はと言えば、父が悪いのだ。根本の悪は私の父なのだ。


「あ、だ、旦那様は、とてもお優しい人ですのでご安心くださいませ! ……その、ちょっと顔が怖いぐらいで……」

「冷酷な辺境伯だと、私は聞いておりますが……」

「……その噂には、ふかーい訳がありまして……」


 クレアさんが、私の耳に唇を近づけて何かを教えてくれようとした時だった。応接間の扉が勢いよく開き、クレアさんにそっくりな侍女が、現れる。いや、そっくりなんてレベルじゃない。瓜二つ。そのままだわ。


 その侍女のサイドテールは、クレアさんとは逆で左側だった。その大きな橙色の瞳は、とても愛らしい。しかし、今は眉を吊り上げており怒っているのは一目瞭然だった。


「クレア! 仕事をさぼって何をしているのよ! おかげでこっちは……あ」

「……どうも」


 クレアさんのそっくりさんは、私のことを見て「し、失礼いたしました!」と言って瞬時に謝ってくる。……謝らなくてもいいのに。そう思い、私が「お気になさらず」と声をかければ、彼女は顔を上げた。……見れば見るほど、クレアさんにそっくりだ。


「シェリル様。紹介しますね。こちら、私の双子の妹のマリンです。マリン、こちらはシェリル様。旦那様の元に嫁入りにいらっしゃったの!」

「……マリン、です」


 そう言ったマリンさんは、今度は落ち着いて一礼をしてくれる。なので、私も一応とばかりに「シェリル・アシュフィールドです」ともう一度自己紹介をした。


(双子だったのね。そりゃまぁ……そっくりな訳ね)


 クレアさんとマリンさん。二人は、見れば見るほどそっくりだ。そのサイドテールを解けば、きっとどちらがどちらか判別するのは至難の業だろうな。……いや、私は髪を下ろした姿を見たことがないので、何とも言えないのだけれど。


「……って、クレア。旦那様に結婚のお話なんてあったかしら?」

「この間手紙が届いていたじゃない。あれよ、きっと」

「……その割には、嫌がっていらっしゃらないわよね」


 マリンさんはそう言いながら、私のことを見つめてくる。私の場合、嫌がっていないのではなく、嫌がる隙も無かっただけだ。それに、妻になれなくてもメイドとして働けばいいや、と思っていたのも大きいと思う。人間、ポジティブに生きる必要もあるのだ。


「……シェリル様。旦那様……ギルバート様の、お噂は知っていらっしゃいますよね?」


 私がそんなことを考えていると、マリンさんがそう声をかけてくる。なので、私は静かに頷いた。


 ――冷酷な辺境伯。


 その呼び名は、王都でもよく聞いた。そして、婚約者が一ヶ月ももたずに逃げ出すということも。


「嫌では、ないのですか?」


 そして、マリンさんはそう続けた。それに対して、私は「嫌がる暇もなかったので」と言って呑気に紅茶を飲む。嫌がることが出来たら、嫌がっていた……かもしれないわよ。あ、でもあの家から離れられるならば、こっちの方が良いかなぁとは思うけれど。


「ところで、シェリル様は何歳でいらっしゃいますか? 見たところ相当お若いような……」

「私は十八です」

「……」


 クレアさんとマリンさんが、私の回答を聞いてフリーズする。そりゃそうか。ギルバート様は三十三。十五も離れているのだから、年の差がありすぎる。もしかしたら、ギルバート様はこんな若すぎる娘は妻として受け入れられないかも……。


(って、絶対にそうよね。三十を超えて、十八の小娘なんて嫌に決まっているわ)


 絶対に、社交界で面白おかしく噂になる。そう考えたら、気が重い。なんだか、やっぱりメイドになりたい。いや、絶対にメイドがいい。私が、そう思っていた時だった。


「アシュフィールド侯爵令嬢は、いるか?」


 そんな声と共に、応接間の扉が開いたのは。


 そして、そこに立っていらっしゃったのは――。


(……美丈夫)


 どこか強面だけれど、精悍な顔立ちをされた美丈夫の男性だった。

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