4 ただいま
ティサをヴィルカ夫妻に預けると、マコトは寝ぐせをそのままにアパートを飛び出す。カリンさんに貸してもらったバイクを走らせ、基地に向かう。
その道中、暗い空に迎撃機の翼端灯が光った。三……四機上がった。それでもマコトたちが呼び出されたということは、人手が足りていない状況らしい。
IDカードをタッチすることなく、マコトは顔パスで基地に突っ込み、バイクに乗ったまま更衣室に直行する。そこでパイロットスーツに着替えると、再びバイクに跨ってエプロンへ走る。緊急事態とあって、誰もマコトの行動を咎めなかった。
「バイクでお出ましとは、まるで優良健康不良少女だな」
エプロンに着くと、機上からショウが声をかけてきた。マコトは「遅くなってゴメン」とだけ返し、バイクを牽引車の脇に留める。
「ところで、いつの間にバイクなんて買ったんだ?」
「隣の奥様に借りたの」
ショウの問いに答えつつ、コクピットにかけられた梯子を駆け上る。シートに身を沈め、ショルダーハーネスを装着。エンジンを始動し、プリフライトチェックを終えると、マコトはショウの機体に続いて滑走路へ進入する。
〈モロクス隊、敵は大公派のダストロが四機。だが、内二機がハン王国製の無人機を搭載していたらしく、先に上がった迎撃機が手を焼いている! 直ちに救援に向かえ!〉
「了解!」
管制塔とのやり取りの間にも、ショウの機体が離陸する。それに続いて、マコトも離陸。青く光る月を目指して急上昇する。
マコトたちはアフターバーナーを吹かし、約二分で戦闘空域に到達する。風はかなり強く、点在する大小の雲は目まぐるしく形を変えていた。その間で、月明かりを反射して敵味方の機体が光る。
ナイトスパローの機首の下に搭載されたIRST(赤外線探索追尾装置)が味方機と敵機の姿を捉え、画像をディスプレイの一角に表示する。味方機はモロクス隊と同じナイトスパローだが、敵機は小型の無人戦闘機だった。戦闘機に搭載可能な「プランシェ」という機種だ。
〈来たな、モロクス隊! アタシらはこのちっこい連中の相手で精いっぱいだ! 有人機を追ってくれ!〉
味方機のパイロットはそう言って、データリンクで敵機の画像を送ってくる。プランシェを射出した二機の他に、主翼の下に巡航ミサイルを搭載した二機が写っていた。
「これって……」
〈大公派は脅しではなく、本気でケルノスのアルトリア軍に攻撃を仕掛けるつもりらしい! 必ず止めろ!〉
「イエスメム!」
マコトはスロットルレバーを倒す。エンジンを最大推力に叩き込み、ミサイル搭載機を追う。しかし、それを引き留めるような警告音が耳朶を打つ。
〈敵機後方!
ショウが叫ぶ。マコトが振り向くと、雲を突き破って二機のダストロが姿を現した。ミサイル搭載機を守るため、雲に隠れていたらしい。
「マズいな、これ……」
マコトは舌打ちをする。ナイトスパローは速度よりも機動性を重視した設計のため、この距離から後ろの二機を振り切ることは難しいだろう。相手の射程外に逃れる前に、背中を撃たれてしまう。ならば……
「ショウはミサイル搭載機を追って!」
〈マコトはどうすんだよ⁉〉
「私は後ろの二機を引き付ける」
〈一対二なんて……無茶だ!〉
「無茶しなきゃいけない時なのッ!」
いつになく感情的に、マコトは僚機に言葉をぶつける。無茶をしてでも、守りたいものがある……マコトの脳裏に、黒髪の少女とその両親の顔が浮かぶ。太陽と月の昔ばなしを語ってくれた人たちを、同胞のミサイルで死なせたくはない。
マコトの気持ちを解ってくれたのか、ショウは指示に従った。
〈モロクス2、ウィルコ。後ろは任せたぞ?〉
「任されたッ!」
通信を切ると、ショウのナイトスパローが増速する。僚機を見送ったマコトは自機を反転させ、後ろから迫るダストロと相対する。
「さあ来い、カナード付き! 相手になってやる!」
二機のダストロの内、右側の一機がショウの機体を追うためにマコトの脇をすり抜けようとする。
「行かせるかぁッ!」
マコトは敵機の行く手を遮るように機体をスライドさせ、短距離ミサイルを発射。敵機のインテークに真正面からミサイルが突き刺さり、月より明るい爆炎が咲く。
ヘルメットバイザーのフィルターでも防ぎきれないほどの閃光が顔を照らし、マコトは思わず目を細める。真っ白に塗りつぶされた視界が元に戻った時には、もう一機のダストロがこちらに向かって突っ込んでくるのが見えた。主翼付け根の不等辺六角形のパネルが跳ね上がり、機関砲の砲口が露出している。
「いッ……⁉」
マコトは操縦桿を倒して回避機動を取ろうとするが、間に合わない。敵機の砲口からマズルフラッシュが迸る。
やられる……何十秒にも引き延ばされた一瞬の中でマコトが覚悟した時、機体が意図しなかった方向へ流れる。機関砲の曳光弾が、主翼のスレスレをかすめていく。機体フレームの軋む音がマコトの背骨に伝わり、ディスプレイに「限界負荷」の警告が躍る。突風が機体を弾き、機関砲の射線から外れたのだ。
幸運を喜ぶ間もなく、マコトのナイトスパローと敵機が交差する。マコトは操縦桿を引き、機首方向を敵機に向ける。同時に指先で武装を選択し、ガン攻撃モードに切り替える。
「私はッ……」
その先の言葉を、強烈なGが喉の奥に詰め込む。
HMDに表示されたターゲットボックスと機関砲の照準が重なる瞬間、マコトは力強くトリガーを絞る。機体が振動し、光軸が敵機の主翼に殺到する。一秒間に百発以上のタングステン弾が撃ち込まれ、敵機の翼がズタボロに引き裂かれた。
「敵機、撃破……」
ダストロが雲間に消えるのを見届け、マコトは作戦指揮所に報告する。無線からは、ショウがミサイル搭載機を撃墜したという報告も聴こえてきた。
マコトはホッと息をつく。だが、胸の奥の方には、まだ不穏な塊の感触があった。
*
報告書の作成などに時間を取られ、マコトがアパートに帰ってきたのは明るくなってからだった。
〈皆さんおはようございます。ケルノス文化放送が朝のニュースをお伝えします……〉
どこからともなく、ニュースキャスターの声が聴こえてくる。それを聞き流しながら、マコトはカリンさんのバイクを駐車スペースに留め、共用の入り口からアパートに入る。
〈昨夜、ケルノス国内に駐留するアルトリア空軍と、サウレランド大公派の間で戦闘が発生しました。ケルノスへの被害はありませんでしたが、撃墜した大公派の戦闘機は巡航ミサイルを搭載しており、ケルノス政府は大公派を非難する声明を発表しました〉
物騒なニュースが鼓膜をひっかく一方で、柔らかいコーヒーの香りがマコトの鼻をくすぐる。きっと、レナルトさんが淹れたコーヒーだ。その香りに誘われるように、マコトはヴィルカ夫妻の住む部屋へ足を向ける。
〈これに対し、大公派の軍幹部は『あくまで演習であり、攻撃の意図はない。巡航ミサイルは模擬弾頭だった』と述べており、両者の主張に食い違って……〉
ニュースキャスターの声が途切れる。音漏れに気付いて音量を下げたのか、飽きてチャンネルを変えたのか……どちらにせよ、マコトはきな臭いニュースが聴こえなくなって安堵する。代わりに、小鳥のさえずりと食器を並べる音、家族の会話の声がアパートの通路に反響する。
ヴィルカ夫妻の部屋の前に立ったマコトは、インターフォンに伸ばしかけた手を止める。きっと、一番に出迎えてくれるのはティサだろう。いつもと変わらない笑顔で、ドアを開けて飛び出してくるはずだ。彼女の「おかえり」を、どんな気持ちで受け止めればいいのだろう? ティサの顔を見た瞬間、嫉妬の炎が再燃するかもしれない。
今の状態で、ヴィルカ夫妻やティサと朝食を共にするべきではない。そう思ったマコトが自分の部屋の方へ身体を向けた時、ドアの向こうから聴き慣れた少女の声が聴こえてきた。
「お父さん、お皿並べ終わったよ!」
「ありがとう。じゃあ、次はこのスプーンを並べてくれ。それにしても……今日のティサは、どうしてそんなにお手伝いをしてくれるんだ?」
「あのね、お小遣いを溜めて、マコトおねえちゃんに誕生日プレゼントを買ってあげようと思うの!」
少女と父親の会話を聴いて、マコトの胸が熱くなる。嫉妬の炎とは違う柔らかな温もりが、ゆっくりと全身に伝っていく。
八歳と九歳と十歳の時と、十二歳と十三歳の時も、両親から誕生日プレゼントはもらえなった。だが、これからは? 本当に、マコトの誕生日を祝ってくれる人はもういないのか?
じっと、マコトはドアを見つめる。その奥で、黒髪の少女はマコトのために食器を並べている。彼女の両親もマコトのために、朝食の準備をしている。あの人たちなら……
朝の透明な空気を吸い込み、マコトはインターフォンを押す。ほどなくして、扉の向こうからパタパタという愛らしい足音が近づいてくる。
勢いよくドアが開き、黒髪の少女が笑顔で飛び出してきた。
「マコトおねえちゃん、おかえり!」
――終――
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