三、expedition
「なんだって?」
カハルは思わず聞き返した。
「だから、チビスケたちがくっつきあって、大きな板みたいになったと思ったら。そこにたくさんの文字とか、絵が出てきたんだよ。あれみたいに」
スシシはそう言って、アクセスルームのディスプレイを指さした。カハルはディスプレイを見ながらしばらく考える。やがて合点がいったという表情になった。
「ああ、なるほど。つまり大きな画面の代わりになったてことか。もとから記号や簡単な文字表示は個体でできたから、数が増えたことでより解像度の高い表示が可能になるのか……。たしかに複数体で組み合わさって大きなユニットになることもあったから、それのディスプレイ版と考えると……いや、それはいいとして。それで、あいつらはお前に何を見せたんだ? ……ん?」
スシシはもじもじとしだしてカハルの問いに答えない。
「わからなかったのか? まあ、あいつらのやってることだから意味なんてないんじゃないか」
「そ、そうじゃなくて……」
「ん? なんだよ? はっきり言えよ」
スシシ落ち着きなく、しばらく手近にある筆記用具をいじっていたが、広げてあった地図の端っこに何やら図をかき始めた。それは少し離れた位置にある、二つの大きな円だった。
「本当は丸かったわけじゃないんだけど、これの方が簡単だから……」
「それが何なんだ?」
「こっちがぼくたちのいる都市群で、こっちが少し離れた所にある別の都市群。その間に……えーっとなんだっけ。ほ、ほ……」
「保全地区か? 俺たちが『虚無地帯』言っているエリアだ」
保全地区とは、都市間の緩衝地帯として作られたと言われる文明の痕跡さえ排除された無人無機械の地帯だ。拒絶されようとも都市に依存するしかない今の人間が立ち入ることは決してない。それゆえに「虚無地帯」と呼ばれていた。
「あ、そうそれ、ほぜんちく。そうかきょむちたいのことだったのか」
「なんだ、チビスケどもはお前に都市群間のことをレクチャーでもしたのか?」
「えっとね。こっちの別の都市群にはチビスケたちの家?みたいのがあるんだって」
「それはたぶん、あいつらを作った工場のことじゃないか。自動機械ほど役に立つわけでもないし、戦争もあったからそこだけで作られてたんだろう。それでこんだけ残っているってことはまだ稼動してるのかもしれないな。使う人間もいないのに」
「で……。そこに行くんだって。み、みんなで。あ、戻ってくるけど」
「ふーん……って、みんなって全員てことか」
カハルの顔がわずかに曇る。
「うん。この都市の全部のチビスケが」
カハルはようやく事態を飲み込んだ。
「都市のチビスケが全部……ってつまりこの巣のやつらも全部ってことだよな」
「うん。となりの巣の子たちと一緒に」
「……いつ動くって言ってた」
「急いでいるからなるべく早くって。少なくとも三日以内に……」
「三日だと!? ふざけるな!」
カハルはたまりかねてテーブルを叩いた。
「俺たちの計画はどうなる! 都市構造群間の移動だぞ! しかもどうやっても虚無地帯をかすめることになる。どれだけかかると思ってるんだ? その間待ってろってのか!」
カハルは背を向けて歩き出した。
「お兄ちゃん! どこいくの!」
「あいつらを絶対連れて行く!」
「で、でも、すごく大事な用みたいなんだよ」
「なにが大事な用だ。道具の分際で!」
「道具じゃないよ! あの子たちは……」
スシシは力いっぱいカハルのすそを掴むが、ただずるずると引きずられるだけだった。
「お前はあいつらに甘すぎるんだ。だからつけあがるんだ」
そう言ってカハルはスシシを引きずったままアクセスルームの扉を乱暴に開けた。
「あいつらに誰が主人か……な!?」
部屋を飛び出しかけたカハルの足が止まった。
「え……?」
しがみついていたスシシもその光景を見て驚いた。
部屋の前に、みっしりと無数のチビスケたちが並んでいたのだ。
「な、なんだよお前ら。こんなところに……」
予想外のことに怯むカハル。
そこにはおそらく巣中のチビスケが集まっていると思われた。体高1メートル程度のチビスケ一体一体の力はさほどでもないが、それでも子供一人持ち上げるぐらいのパワーは出せる。従順な彼らは攻撃的でないばかりか、命令によっては自己防御の放棄さえ行うが、人間のくびきから解かれている今、全てにおいてそうだという保証はない。
カハルは反射的に後ずさりかける自分に気づいて、逆に一歩踏み込んだ。
「お、お前たちが何をしようとしてるが知らないが、そんなこと認めないぞ! 人間の言うことを聞け! オ、オーダーだ! お前たちの計画している行動を禁――」
「ダメ!」
スシシが回り込んでカハルの前に立ちはだかった。
「チビスケたちが自分からこんなことを言うのは初めてなんだ。みんなが行かなきゃいけないって、絶対よっぽどことがあるんだよ。きっとすっごく大事なことが。きっとぼくたちが“キン”を見つけたいのと同じくらいに!」
「こいつらにそんなものあるわけないだろ。どうせなんかのプログラムか、誤作動だ」
「ちがうよ。この子らはうわっぷ」
詰め寄る二人の間に、チビスケたちが何体も潜り込んできた。挟まるように積み重なって腕をしきりにばたつかせる。
「な、なんだよこれ」
「ぼくたちがケンカしてると思って止めようとしてるんだよ」
「と、とにかくこれを止めさせろ」
「オーダーしない?」
「……ああ、わかった。いきなり言う真似はしない。俺の結論は変わらんが」
埒が明かないので渋々カハルは譲歩する。
「ちゃんとお話ししようよ。キミたちも止まって……」
スシシがそう言うも、チビスケたちはどく様子を見せない。
「ぜ、全然止まらないぞ。壊れたんじゃないか」
カハルは困惑したが、スシシはすぐに理解して、目の前のチビスケの体をぽんぽんと叩いた。
「わかったわかった。ちゃんと説明するから!」
「は? こいつらに説明って、な……」
スシシの言葉に反応してチビスケはピタリと動きを止めたのを見て、カハルは黙った。
「ほらね。この子たちは僕らが思うよりずっと賢いんだよ」
スシシは、再び整列した彼らと向き合う。
「ごめんね、心配させて。ぼくたちの計画していたことを、ちゃんと話すよ。でもそれでぼくたちの言うことを聞かなくてもいい。ただ話を聞くだけでいいから」
カハルは何か言いかけたが、スシシの考えを酌んで、口をつぐんだ。
「ここから西にずっと行った場所にある施設に“キン”があるらしいんだ。“キン”のことは前に話したよね? それはどうしてもぼくらがほしいものだから、取りに行きたいんだ。でも、そこは全然行ったことのない場所で、しかも遠いから、実はキミたちを――」
そこでスシシは何かに気付いたかのように小さく「あ」と言い、おもむろにテーブルに向かい、地図とその端に自分が描いた図を、しきりに見比べだした。
「スシシ?」
スシシの不可解な行動にカハルはとまどう。
「もしかして……」
スシシは何かの確信を得ると、人工生命たちに振り返った。
「ねえ、さっき見せてくれたでっかい絵って、ここでできる? キミたちが行こうとしている旅の経路をまた見せて欲しいんだ」
言うや、何体ものチビスケたちが部屋に流れ込んできた。
「うわ、な、なんだ!?」
狼狽えるカハルをよそにチビスケたちは床に整列し始めた。
「お兄ちゃん、こっちに!」
すでにテーブルに乗っていたスシシに言われるままに、カハルも上がるほかなかった。
テーブルの上に立つ二人の前で、地下ホールの時よりも小型のチビスケディスプレイができあがり、二つの図形とそれを結ぶラインが浮かび上がった。
「これは……」
図の一つにカハルは覚えがあった。父が操作する端末で何度も見たことのある、この都市構造群のシルエットだ。もう一つは隣接する別の都市構造群なのだろう。
「この絵も、上が北側になるんだよね?」
その問いに答えるように、画面の端に十字の図形が現れた。縦の上端が上向きの矢印のようになっている。
「……のようなだな。でもこれがなんだって……」
「あの線が移動予定のルートだとしたら、右の端っこがここってことだよね。それが左上に向かって、都市から出てる」
「だからなん……あ、左……」
カハルもスシシの言いたいことがわかりかけてきた。そのスシシは足元にある彼らが描き写した地図を掲げた。
「ねえ、この地区どこかわかる? ここが昨日行った場所だよ」
するとどうだろう。チビスケの図像の一画が黄色く光った。それは都市構造群内の左下、その形は兄弟の地図と同様のものだった。
「こ、これは」
「やっぱりそうだ」
横長の地区のシルエットのわずか上を、移動経路のラインがかすめていた。
「西側へ向かうならもしかしてと思ったけど……」
スシシはさらに地図の一点を指し示す。
「ぼくたちはこの地区の西の端の、ここにある施設に行きたいんだ」
「お前まさか」
ようやくカハルはスシシの意図に気付いた。
「で、聞きたいんだけど、たとえば、キミたちの旅に影響のない範囲でこの近くを通るルートってあるのかな。つまり、ほんのちょっと道を変えてもらって、ぼくらと一緒に途中まで同行してもらうっていうのは……どうかな?」
スシシはチビスケと兄を交互に見て言った。
やがて、チビスケたちの地図上に、新しいラインが浮かび上がり、大きな「○」が浮かび上がった。
「お兄ちゃんは、どう?」
カハルはギリギリまで目的地に近づくそのルートを見ながらしばし考え込み、
「……こりゃあ、派手な遠征になりそうだな」
そう言って、弟の頭を撫でた。
「これは、思った以上に派手だったな――」
カハルはその光景に苦笑いした。
それは、二十メートル弱に及ぶ一個の不定形生物のようだった。
瓦礫の谷間を縫うように、整列することなく各個体が流動的に位置を変え、一見無秩序に見えながら、一つのまとまりを維持して移動している。
百体近い人工生命・チビスケの集団が一挙に移動するさまなど、都市構造群でもめったに見られない光景だ。
群体は、前後に大きく三つのブロックに分かれていて、それはまるで昆虫の頭部・胸部・腹部のようでもある。その中央のブロックに、群体の核のように二人の人間が連れ立って歩いていた。もちろんカハルとスシシの兄弟だ。
先行する個体が安全確認をしながらルートを定め、後方ブロックが背後からの危険を警戒して兄弟を守っている。何かあれば兄弟の周辺個体がシェルターとなって相手の目を欺くか、逃走ルートを確保する手筈になっていた。
「これならかなり安全に進めるね」
楽しそうにスシシが言う。それに対してカハルはやや不服そうに口を尖らせた。
「マワリやムシニだけならな。トリモドキみたいに空から来られたら間に合うとは思えない。だいたい音を視たり障害物をスキャンする自動機械に遭ったら無意味だ。こいつらは戦えないし、弾除けにもならない。結局慎重に行くしかないんだ。帰りのことも考えなきゃいけないしな」
「そっか、帰りは僕たちだけで帰るんだっけ」
彼らの目的地手前で人工生命たちは別れて、より遠い場所に向けて旅立っていく。そのあとは兄弟二人だけの道行きとなる。
「計画した通りに進めば、帰りはだいぶ楽になるし、帰ってきてからの生活も便利になる。でもそれは本当に計画通りに行けばの話だ。そもそもあいつらが言った通りやれるか怪しいもんだ。普通に来た道を戻ることになると考えてた方がいいな」
この大移動は、二つの巣の個体群で構成されているが、実は全てではない。ある目的のために数個体が別ルートを進んでいた。
「いや、チビスケたちはお兄ちゃんが思っているよりもできる子たちだよ。きっとうまくやるよ」
「だといいけどな。でも今考えなければいけないのは、そんな後のことより目の前のことだ。……ほらもうそろそろ例の場所だ」
やがて一行は、兄弟が前回の探索で行き着いた場所にたどり着き、止まった。ここから少し行けば、瓦礫や倒壊した建物が広範囲にわたって除かれた、自動機械の巡回路が立ちはだかっている。
「さてどうするか」
カハルは、描き写した地図を広げてここまで見た周囲の状況を書きこみながら、眉を寄せる。
「手っ取り早いのは、巡回路にチビスケの壁を作って強引に突っ切ることだ。でも、自動機械に見つかったら障害物とみなされて排除されてしまうかもしれない。できれば避けたいな」
「やっぱり地図にあった地下通路しかないんじゃない?」
地図を覗き込んでいたスシシは、そう言って現在地近くに書き込まれた、いくつもの細い線が集合して西へと伸びる線を指す。
端末に表示された現役時の都市の地図によれば、基盤内に巡回路の向こうにある建物とこちら側を結ぶ地下の空間があるらしかった。
「それが一番だけど、この瓦礫の山の中で今でも通じている入口を見つけられるかは運任せだな。チビスケに手分けして探させても、見つけられるか……」
地図を睨みつけながら頭を抱えるカハル。その隣でスシシは、チビスケたちが遠くから順繰りに体を接触させていくのを不思議そうに見ていた。その行動の波は、やがてスシシの目の前の個体に到達した。四角い体の上面に何かが表示される。
「……お兄ちゃん」
「どうした?」
「見つかったって」
「は?」
「チビスケが地下通路の入り口を見つけたって!」
「へえ……て、はあ!?」
カハルはつい叫んで、慌てて口を閉じた。
「いやいや待て待て。何言ってんだ。探すのはこれからだぞ」
「もう探しに行ってたみたいだよ。ほら、出発前に言ってたから覚えてたんじゃない?」
「あ……」
カハルも思い出した。たしかにこの編成をオーダーした時に、この地点までの経路と各ブロックの大まかな行動手順を話していた。当然地下通路のことも。
それを覚えていた彼らは先頭グループがこのエリアに入った時点ですでに数体を探索に出していたのだった。
それにしたって早い発見だ。運を加味したとしても、これを成し得るには、オーダーの正確な理解と、現在地および地下通路のを含めた地図を正確に把握しているっだけでなく、高い自律性と応用性を備えていなくてはなしえない。
「ね。この子たち、すごく頭いいでしょ」
「……いや、本当に地下通路への入り口かこの目で見るまでは信用できないな。それは近いんだろうな?」
チビスケたちに誘導されやや戻り、別の瓦礫の谷に入ったところに。果たしてそれはあった。
そこは一見まばらに瓦礫が転がっているだけの場所に見えたが、薄い板状のコンクリート塊をずらすと、果たして地下への階段が現れたのだった。
階段は、細い通路に繋がっていて、他の入り口からの通路と合流して、西へと向かっていた。他の通路も地上への階段に繋がっているようだったが、どれも瓦礫で塞がれてしまっているようだった。
「形状からして、確かにこれが目的の地下通路みたいだな……」
カハルはチビスケの発光を頼りに通路の様子と地図を見比べた。
「見直したでしょ」
「ふん。思ったよりは上出来だな」
その言葉に、チビスケが反応して小さく飛び跳ねるのに合わせて影が揺らめく。
「こら見づらいだろ。それにしても、これは規模からいって、巣の下にあるでかい地下道とは違って、この辺にあった建物を結んでいるだけの小規模なもののようだな」
「基盤の中ってことは、都市ができてからのものってことだよね? 昔の都市は上を通っても安全だったんでしょ? 何のためのものだったんだろ」
「たしかこの先に広い空間があるはず。そこに答えがあるんじゃないか?」
カハルの言う通り、西へと向かった通路はすぐに開けた場所に行き当たった。兄弟はチビスケで物陰を作りながら、通路から様子を伺った。
「ここはいったい……」
五十メートル四方の、ほとんど何もない空間だった。転がっている瓦礫も少ない。
「あの線はなんだろう」
床にはいくつもの直線が引かれていた。それは主に広い間隔で並行に引かれた長い線と、それらと垂直に引かれた短い線で構成されていた。
「おい、あれ……」
カハルが顎で、奥の方にあるものを示した。スシシもそれに気づいて小さく悲鳴を上げた。
「マ、マワリ……!?」
「……いやセキュリティの自動機械とは違うみたいだ。機械ではあるだろうけど」
それはよく見れば、この空間のあちこちに点在していた。箱状の機械で、前後と両側面には大きな四角い穴が開き、その中は空洞になっていて、下部は無限軌道でも脚でもなく、四つの小さな車輪がついていた。そのどれもが大きくひしゃげ、破損していた。
「ボロボロだね。壊れてるのかな」
「だろうな。きっとあれは、人間が使っていた移動用の機械だな。ここはそれを置いとく場所なんだろうな」
カハルの推察通り、ここは往時の地下駐車場だった。車両の破壊が混乱期の人間によるものか、自動機械によるものかは、今となっては分からない。
危険なものがないと見るや、カハルは地下駐車場内に足を踏み入れた。それに合わせてチビスケたちも速やかにフォーメーションを組む。
「大きい入口もあるけど……崩れてるね」
「機械が出入りするためのもだろうな。この上は巡回路のはずだから、それは幸いだったな。でもあまり長居したくない。あっちの小さな出口が、地上から見えた建物に出る通路だろう。とっとと抜けよう」
地下駐車場を抜けた先の西側の通路は、入ってきた東側と比べると、大きな破壊を免れていた。その分地上に出られる出口は多かったが、多くは巡回路の近く――その上にあった建物は自動機械に排除されたのだろう――で、一番離れていたのが建物には繋がっていない、直接地上に上がる出口だった。
カハルが恐る恐る外を覗くと、開けた視界の先に巡回路の平らな路面が見えたが、すぐそばに低い建物があった。
「前にチビスケたちがプレートを拾ってきた施設か。一旦あそこに入るしかないな」
巡回路上ではないので、チビスケの壁を作って移動が可能だったが、それでも見通しのいい場所を移動し続けるよりは、建物や障害物に身を隠しながら進んだ方が安全だ。
「……なるほど、端末の情報どおり、荷物を一時的に保管して配送する施設だったのは確かそうだな」
カハルが建物に入ってひと通り観察すると、そう判断した。
建物の正面が大きく開かれたその中は、幾つかの棚がある以外は、仕切りらしい仕切りもなくほぼがらんどうといってよかった。床には地下で見た駐車場に似た線が敷かれている。
カハルは広い空間の片隅の、一台の大型車両を見止めた。運転席は半壊しているが、後ろの荷台は形状をとどめていた。
「あれが運搬用の機械だな」
兄弟がしげしげと周囲を観察していると、にわかに基盤が振動しはじめた
「マワリだ!」
自動機械の無限軌道が巡回路の剥き出しの基盤を這う音が近づいてくる。
「ここは向こうから丸見えだ。あそこに隠れよう」
カハルはスシシの手を引いて大型車両の荷台に潜り込んだ。
「念のためお前らも隠れろ。この大所帯がどう思われるかわからない」
カハルの言葉にチビスケたちも荷台の中や周囲の棚に入っていく。
マワリの振動が十分に遠ざかったところで兄弟は息をついた。
「ここはあまり長居しない方がいいな……ん? なんだこれ」
そこでようやくカハルは、自分が寄りかかっていたものに気づいた。それは荷台の奥に積み重なっていたチビスケ四体分くらいの大きさのケースだった。それは思ったよりも軽く、一つを引き下ろして開けてみると、中には両掌に収まる程度の小箱がびっしりと詰まっていた。
「石パンだ!」
スシシが見覚えのある箱に声をあげた。
カハルは箱から銀色のパックを取り出してそれを引き破ると、六本の乳白色のスティック状の固形物が出てきた。
「だな」
兄弟が石パンと呼んでいるのは、都市で比較的見かける保存食の一種だ。そのままではとても硬く、大人の歯でも砕くのは困難な程だが、わずかな水分で膨張軟化して食べることが可能になる。都市が栄えていた時に作られていたもので、厳重に密封された二重のパックで保存されている。それは驚くべきことに長い年月を経た今でも可食で、都市に生き残る人々の貴重な食料源の一つとなっていた。
「これ全部そうってことは、すごい量だね。あんまりおいしくないけど」
「ああ、これだけあればしばらくは食料に困ることはないな。ずっとこれだけ食うと飽きそうだけど」
「でもこれが作られてた昔って、もっといろんなものがたくさん食べられてたんでしょ? なんでこんなおいしくない保存食がいっぱいあるんだろ?」
「戦争が頻繁にあったからだろうな。実際に食料生産が止まるようなことがあったかはわからないけど、その可能性があったくらいには求められていたんだんじゃないか。おかげでこうして俺たちが生き延びられるわけだ。探索にこの量を持っていくわけにはいかないから、後日俺たちだけで回収しやすいように地下通路の方に運び込んでおくか。おいチビ……って、あ!」
そこでカハルはあることに気付いて、表情を険しくした。
「え? 何?」
「この前チビスケにここに行かせた時、俺は言ったろ、食料を最優先だってな。……なのになんだ。こんだけの食料を見逃して、ゴミばっか持ってきやがって!」
カハルは積まれたケースを叩いた。
「で、でも代わりにプレート持ってきたから“キン”の場所を知れたんじゃない」
「それは結果論だ。わかってて持ってきたわけじゃない。はあ……一瞬でも見直した俺が馬鹿だった。やっぱりこいつら賢くなんかない!」
カハルはむくれ、チビスケたちはしゅんとなり、スシシは両者を何度も交互に見てオロオロするほかなかった。
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