最終話:夏祭り(後編)
昔から恋愛物が好きだった。女性同士に限らず、男性同士や異性愛も。恋というものに対して憧れていた。私もいつか、恋をするのだと信じて疑わなかった。
高校生になって、恋をしない人間が居ることを知った。姫花や松原さんが姐さんと呼んでいる月島満さん。彼女がそうらしい。もしかしたら、私もそうなのかもしれない。そう思うようになったのは、彼氏が出来てからだ。
彼とはバイト先で出会った。歳は私より二つ上。イケメンだともてはやされているが、正直、王子の方がイケメンだと思う。付き合うきっかけは顔ではなかった。私は最初から彼に興味などなかったが、彼の方から話しかけてきて、百合が好きということで意気投合した。
彼から告白された時、最初は断った。しかし、お試しでいいからと言われて、じゃあ付き合ってみるかと承諾した。私も恋愛というものには興味があった。最初は恋心がなくとも、付き合っているうちに芽生えていくということもよくあることだと聞いていた。そうなることを期待して彼と付き合うことにした。
初めてキスは突然だった。デートの帰りに呼び止められて、振り返ったところを急に抱き寄せられて奪われた。恋愛ドラマなどではよくある、不意打ちのキス。ときめきなんてなくて、あったのはただ、驚きと嫌悪感だけだった。だけど、言えなかった。彼を好きになりたくて、好きになれば嫌ではなくなると言い聞かせた。だけど何度繰り返したって、嫌なものは嫌だった。舌を入れられた時は、思わず突き飛ばした。それでもまだ、彼を好きになることを諦めきれなかった。
諦める決心がついたのは、私の大好きな百合というジャンルを侮辱されたことだ。好きな女性カップルの話で盛り上がっている時に、間に挟まれたいと言い出したのだ。耳を疑った。「ただのネタじゃん」と彼は言ったが、リアルな女性カップルの前で同じことを言えるのかと問うと「レズとかリアルに居るの?」などと言い放った。私はそこで目が覚めた。こんな最低な人を好きになるくらいなら、恋なんてしない方がマシだと思った。
別れる時、彼に言われた。「お前みたいなわがままな女、俺以外に好きになってくれる奴なんていない」と。人を支配しようとする人間の典型的な台詞だ。私はその言葉をしばらく引きずっていたが、今日、姫花と話していて気づいた。彼と無理に恋愛していた時より、彼女と一緒にいる方が楽しめていると。
私は恋に憧れていた。いや、周りの友人達の声に惑わされて、恋をしなきゃいけないと焦っていたのかもしれない。だけど今は思う。例え私が他者に恋心を抱かない人間だったとしても、一生恋人を作れないとしても、彼女との友情がこのまま続けばそれで良いのだと。
それを彼女に伝えると、彼女は「重すぎんだろ」と笑いつつも「私も同じこと思ったけど」と続けた。そして打ち上がる花火を見ながら言う。「大人になってもこうやって変わらず萌え語りできると良いね」と。おばあちゃんになっても変わらず彼女と萌え語りする自分を想像し、笑ってしまう。だけどそれは、世間体を気にして無理に恋愛して結婚するよりはきっと、幸せな人生なのだろう。
青山商業高校には百合が咲く 三郎 @sabu_saburou
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