第17話:夏祭り(前編)
8月14日。今日は夏祭りがあるということで、リーリエから誘われて行くことに。
「本来なら彼氏と行くことになってたんだけどね」
「あー。あの百合ヲタの風上にも置けないクソ男ね」
「そう。そこ以外は良い人なんだけどね」
「カップルの間に混ざりたいとか言う奴が良い奴なわけないだろ」
「まぁ,そうなんだけど……」
「未練あるの?」
「いや、無いよ。無いけど……すれ違ったらやだなぁって」
「来ないでしょ。流石に」
と、話しながら歩いていると、リーリエが「あ」と何かを見つけたように声を上げて私の後ろに隠れた。
「……まさか、居たの?」
後ろを振り向きながら声をかけると、彼女は一点を睨みながら答える。
「……見間違いかもしれないけど女と手繋いでた」
「女と? 別れたの最近だよね?」
「最近と言っても、8月入る前くらいだよ」
「それにしたって早くない?」
「……まぁ、多分お互いに本気じゃなかったから。私は恋愛というものに対する憧れがあって、誰でもいいから付き合ってみたかったんだ。彼とは意気投合して、付き合ってみたら楽しいかもーって思って付き合っただけ。けど……」
「けど?」
「……正直、あんまり楽しくなかった。自分の話ばかりするし、なんかやたらと触ってくるし。『やめて』って言うと『恋人なんだから良いじゃん』ってニヤニヤしながらいうし。キモって思った。姫花といる方が楽しかった」
「なにそれ。百合じゃん」
「いや、恋愛的な意味の好きはないよ」
「分かってるよ。私もない。無いけど……」
「ないけど?」
「……正直、リーリエに彼氏が出来たって聞いた時、ちょっと嫉妬した」
「百合じゃん」
私と同じ言葉を返す彼女。予想通りすぎて笑ってしまう。
「でも恋人にはなりたくない」
「それは私も同感。姫花といちゃいちゃするって考えたくもない。けど……」
「けど?」
「……私も、姫花に恋人が出来たら妬くかも」
「ふっ……ふふ。なにそれ」
彼女に対する感情は恋愛感情ではない。一緒にいてもドキドキしないし、触れたいとは思わない。だけど、恋人が出来たら嫉妬する。そんな巨大感情を抱く自分に少しもやもやしていたけれど、彼女も同じだと知って笑ってしまう。彼女も釣られて笑う。
「今日、姫花と来れて良かった。あいつと来てたら多分、楽しめなかった」
「仮にも元カレにそんなこと言ってやるなよ」
「良いんだよ。お試しから始まった関係だし。それよりさー、かき氷買っていい?」
「あ、私も買う」
「んじゃ、私が並んで二人分——あー……」
言いかけて、彼女は「やっぱ代わりに並んでくれない?」と私にお金を渡す。理由は恐らく、最後尾でいちゃいちゃしている男女だろう。
「私もあの後ろ並ぶのやだわ。女同士なら喜んで並ぶけど」
「いや、そうじゃなくて……あれ、元カレ」
「なるほど。それは並べんわ」
「というわけで頼む」
「仕方ないな……」
彼女からお金を受け取り、列に並ぶ。男女は後ろにいる私などお構いなく身を寄せ合ったり、見つめ合ったりして会話を楽しんでいる。
「けど意外。彼女居そうなのに。本当にいないの?」
「最近別れた」
「ふぅん。勿体無いなぁ。イケメンなのに」
「俺の方からフったんだよ。あいつ、全然ヤらせてくれないし、触ると嫌がるし。なんのために付き合ってんだって感じ」
「あ、ふぅん……」
その瞬間、女性のテンションがあからさまに下がる。恋が一瞬にして冷めるほどドン引きしているのは明らかだが、男性は気づいていないのか元カノの愚痴をひたすら垂れ流す。
「その子、百合が好きでさぁ。それで意気投合したんだけど、男が出る百合は無理とか言う過激派で」
彼はそういうが、それは違う。リーリエは男性キャラが出る百合作品も好んで読んでいる。受け入れられないのは、百合に挟まる——というより、百合を破壊する男であり、百合作品に出る男性キャラそのものでは無い。
「百合って?」
「女と女の友情とか恋愛を描いた作品のこと」
「あぁ、GLってこと?」
「GLもまぁ、一応そうだね。俺はどっちかといえばGLじゃない方が好きだけど。GLだとほとんど女しか出てこないし」
「ん? 女同士の関係がメインなんでしょ? だったら別に男性キャラいても居なくてもどっちでも良くない?」
女性の言葉に思わず頷く。百合好きなはずの男性より、百合を知らないという女性の方がまだジャンルに理解を示していることに呆れてしまう。やはりこの男は百合ヲタの風上にも置けない。別れて正解だ。
「どっちでも良いなら居てもいいじゃん」
「うん。そうだね。私も、男性キャラは存在してはいけないというのは流石に言い過ぎだと思うよ。BLにも女性キャラ出てくるし」
「……マジで? BL好きなの? ひくわー」
今度は男性のテンションが下がる。先ほどまでのラブラブっぷりが嘘みたいに、二人の空気が一気に冷えていくのを感じる。
「そうだね。あなたとBLどっちが好きかって聞かれたら、迷わずBLって答えるかも」
「はぁ? なんだよそれ」
「帰る」
「えっ、ちょ、ちょっと待てよ。なに急に怒り出して。俺何かした?」
「好きなもの馬鹿にされて怒らないわけないじゃん。ヤりたいだけならいっそ、顔だけは良いんだし、ヤリモクですって開き直って堂々としてた方が女寄ってくるんじゃない? 私は顔が良くても性格が悪い人は無理。私がしたいのはセックスじゃなくて恋愛だから。じゃあねー」
去っていく女性。男性も慌てて彼女を追いかけていく。居なくなった二人を抜かして、かき氷を注文する。あの男が本当にリーリエの元カレだというのなら、呆れしかない。彼女はなぜあんなのと付き合っていたのだろうか。そう思いながら彼女の元に戻ろうとすると、ふと、お面を売る屋台が目についた。顔を隠せば彼女も安心して歩けるかもしれない。
「リーリエ、はい。かき氷」
「ありがと」
「ちょっとここで待ってて」
「ん? うん」
彼女にかき氷を渡してから、お面を買いに行き、戻る。
「何そのお面。狐?」
買ったのは狐のお面。飲食がしやすいように、上半分のみが隠れるものにした。
「これで顔隠してれば、ちょっとは元カレのこと気にせずに安心して歩けるかなと思って。上半分だからつけたまま食べ歩きできるし」
「……何その気遣い。イケメンかよ」
「でしょ。天才的発想じゃない?」
「推しカプのネタとして使わせてもらうわ。王子とか絶対こういうことしそう」
「分かる。解釈一致。てか、狐の半面付けて浴衣着てる小桜さん想像したら妖艶すぎてやばいな」
「分かる……」
なんて話をしながら歩いていると、射的の屋台で遊ぶ小桜さんを見つけた。隣には長身のイケメン。どこのイケメンかと思ったが、恐らく王子だ。物陰に隠れて二人の様子を観察していると、誰かに肩を叩かれる。振り返るとそこにいたのは黄色い浴衣を着た美少女。
「……うっわ。すっげぇ美少女」
思わずそうこぼしてしまうと、彼女は「あ? 何当たり前のことを」と真顔で返す。この謙遜のけの字もない返しはクラスメイトの月島満姐さんだ。間違いない。
「姐さんは一人なの?」
「一人だよ。悪い?」
「いや、悪くないけど……いつもの先輩は?」
「実さんのこと? 一緒じゃないよ」
「誘わないの?」
「誘わないよ。友達じゃないもん。それより、あんまりあの二人の邪魔すんなよ。ただでさえ最近部活が忙しくて会えない寂しいってうるさいんだから」
そう言う彼女の視線の先には王子達。あの二人というのは彼女達を指しているようだ。どうやら、例の先輩より幼馴染の方が大切らしい。尊い。
「……おい。聞いてんのか」
「聞いてた聞いてた。姐さんほんと王子のこと好きだよね」
「……はぁ……言うと思った。ったく……」
呆れつつも、否定はしない。
「ニヤニヤしてんじゃねぇよクソが」
「だってぇ〜」
「幼馴染百合てぇてぇ」
「はいはい……とにかく、あの二人の邪魔すんなよ。これ以上ストレスになるようなことがあると後が面倒なんだから。分かった?」
「はーい」
「本当に分かってんのかよ……」と言いながら去っていく姐さん。王子達はもう射的の屋台にはおらず、別のところへ行ってしまったようだ。二人の様子が気になるところだが、姐さんの言う通りそっとしておくべきだろう。
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