第15話:王子のバイト先にて
8月に入ったある日のこと、リーリエに誘われて王子のバイト先のカフェへ行くことになった。
「はー…王子、今日もカッコいい…」
「あれで女の子ってのが信じられんよなぁ…」
「でもそこが良いよな」
「分かる」
などと話しながら席に着くと、一人の女性客と目が合った。小桜さんだ。手を振ると、ぎこちなく笑って手を振り返してくれた。可愛い。
すると、リーリエがその辺の店員を捕まえて、友人と相席してもいいかと許可を取り、私を連れて小桜さんの元へ。
「相席して良い?」
「ど、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
小桜さんと相席することになった。思えば、王子抜きで彼女と話すのは初めてな気がする。
「王子抜きで小桜さんとこうやって話すのあんまりないよね」
「そうね」
「あ、ごめん。紹介するね。私の友達で一年三組の
「よろしく〜」
リーリエと小桜さんがお互いに自己紹介をしていると、通りすがりの王子が「お客様。あまり私の彼女にちょっかい出さないでくださいね」と声をかけながら去って行く。
「私の彼女だって」
ニヤニヤしてしまうと、小桜さんは苦笑いしながら「二人はよく一緒にいるけど、友達?」とカウンターを返してくる。
「うん。中学の同級生。付き合ってないよ。りりえは彼氏居るし」
「あ、別れたよ」
「えっ。早っ。てか、初耳なんだけど」
つい数週間前に彼氏が出来たと聞いたばかりなのに。
「百合に混ざりたがる男だったからさぁ」
「あぁ……それは駄目だな。死刑だわ」
「ね。百合好きで意気投合したのに……解釈違いだわ……」
百合というのは本来、女性同士の友愛や恋愛を描いたジャンルのこと。そこに男を混ぜるなど、花畑を踏み荒らすようなものだが、百合好きを自称する人の中には、花畑を踏み荒すことが好きな、厄介な害獣が紛れ込んでいることがある。BL好きにはそういう人は少ないイメージがあるが。
「あ、ごめん。百合ってのはいわゆるGLのことね。LOVEじゃなくてLIKEも含むけど」
「大丈夫よ。理解してる」
「マジか。小桜さん百合分かるんだ。あ、王子に教えてもらったのか」
「えぇ。あの子百合好きだから」
「本人が百合漫画のキャラみたいだもんね」
「うんうん。まさに女子校の王子様って感じ」
「……二人とも『王子様の王子様』って漫画知ってる?」
小桜さんの口からそのタイトルを聞くとは思わなかった。それも王子から教えてもらったのだろうか。
「あぁ、おじおじ?知ってるよ。ヒロインの榊原美桜がめちゃくちゃカッコいいよね。見た目は美少女なんだけど、中身が超イケメンで」
「私、姫野もも推し」
「ギャップがたまらんよな。小桜さんは誰推し?」
「えっと……ごめんなさい、実はまだ読んでないの。気になってはいたけれど」
「「貸すから読もう」」
リーリエと声が重なった。ぐいぐい行きすぎてしまったのか、小桜さんはちょっと引いている。
「だ、大丈夫よ。海菜から借りる。ところで、白井さんの…推し…? ってどんなキャラなの?」
「一言で言うなら姐さんみたいな。てか、まんま。モデルなんじゃないかってくらい似てる」
「そ、そう…」
姫野ももは主人公の一人である
「あとさ、王子といつも一緒にいる背の高い男の子居るじゃん? あの子、あれだよね。ちょっと菊井のばらに似てるよね」
リーリエが言う。
ちなみに、のばらは水蓮に片想いしているという設定だ。
「…海菜が、私は美桜に似てるって言っていたらしいのだけど、どんなキャラなの?」
「榊原美桜? 小桜さんに似てる…かなぁ…あー…でも、ツンデレ要素を抜いた小桜さんって感じかも」
「ストレートだからなぁ……美桜は」
「……私、そんなツンデレかしら」
「ツン2割、デレ8割って感じ」
「二人きりの時はデレ100%だけどね」
しれっと会話に混じってきた王子を「仕事しなさいよ」と睨む小桜さん。
「してますよ。ランチセットAでーす」
「……ありがとう」
「ふふ。ごゆっくりどうぞ。あと2時間くらいであがるからね。行きたいところ考えておいて」
そう言って王子は去って行く。もしや、この後デートなのだろうか。聞いてみると小桜さんは「一応」と答えた。すかさずリーリエが
「尾行していい?」と聞く。全くこいつは。
「良いわけないでしょお馬鹿。ごめんね小桜さん」
「いえ」
時計と王子を気にする小桜さん。それにしても、今日の服装は割とボーイッシュな感じだが、もしや王子に合わせたのだろうか。
「小桜さん、ほんと王子のこと好きだね」
「……夏休み入ってからずっと会えなかったの」
「えっ、一日も?」
「ええ。……大会が近くて忙しいらしくて」
「マジか。辛いな。そりゃバイト先に押しかけちゃうわ」
「お、押しかけたわけじゃないのよ。ただ……ちょっとだけ……顔見たくて……」
そう言いながら恥ずかしそうに顔を隠す小桜さん。やはり、恋する乙女は可愛い。まぁ、小桜さんは元から可愛いけど。
「ふぅ……ご馳走様でした」
小桜さんのパスタの皿が空っぽになった。時刻は2時過ぎ。あと三時まで1時間を切った。
「……ねぇ小桜さん、野暮なこと聞いていい?」
「何?」
「……噂で聞いたんだけど……」
と前置きして、リーリエが王子を気にしながら小声で小桜さんに問う。「男と付き合ってたって本当?」と。確かにその噂は私も聞いたことがあるが聞いても良い話なのだろうか。
「それ聞くの?」
「聞いちゃいけない話だった?」
「ううん。構わないわ。それは本当の話よ。海菜も知ってる」
「えっ、マジなんだ……」
王子に嫉妬する男子が勝手に流した噂だと思っていた。
「えぇ。私は彼女と違って、女の子が好きなわけじゃないの。……多分、性別は関係なく恋をするのだと思う。だから私は、あの子が男の子でも好きになっていた」
彼女はそうきっぱりと言い切る。思わず「究極の愛じゃん……」と言ってしまうと、彼女はそれは違うと首を振った。
「性別と結びつく愛、結びつかない愛、性愛と結びつかない愛、恋を介さない愛——愛には色々な形があるけれど、そこに優劣はないと思うわ。海菜は女性にしか恋をしないから、きっと、私が男だったら私に恋をしなかった。けど、想いの大きさは私と——ううん、多分、私より大きいと思うから」
そう言われてハッとする。確かにそうかもしれない。
「名言じゃん。額縁に飾ろうぜ」
「や、やめて…恥ずかしいから…」
いや、それにしても『想いの大きさは私より大きいと思う』と、恋人にそう言わせてしまう王子も凄い。
「愛されてますなぁ」
「羨ましー」
「リーリエは愛されてなかったの?」
「いや、私は別に愛されてなかったわけじゃなかったと思うけど……百合というジャンルを愛してくれる人じゃなかったから」
「白井さんにとって百合は自分と同じくらい大事なのね」
口元に手を当てて、くすくすと小桜さんが笑う。前から思っていたが、笑い方が上品だ。
「小桜さんって、お嬢様だったりする?」
「そんなことはないけど……そこそこ裕福ではあると思う」
「やっぱり? 育ちの良さが出てる」
「お手伝いさん居る?」
「居ないわよ。ただ単に、父が医者ってだけ。母は普通の主婦よ」
「医者なんだ」
「えぇ。精神科医」
「やっぱ医者って儲かるんかなぁ……」
「でも忙しそうだよね。家族との時間取れなさそう」
「そう……ね」
複雑そうな顔をする小桜さん。家族の話は触れない方が良かっただろうかと問うと、彼女は首を振って自ら家族の話を語り始めた。幼い頃に両親が別居を始めたため、どちらにせよ父親との思い出はほとんど無いらしい。
「離婚はして居なかったし、母とは連絡をとっていたけれど、母は私と父を会わせないようにしていて。多分、私が父を恨んでいると思って気を使ってくれていたのだと思う。それで、父とはずっと疎遠だったけれど、たまたま父が海さんのお店の常連で……」
「海さん?」
「あぁ、えっと、海菜のお母様」
「「恋人の母親を名前で呼んでんの!?」」
「え、えぇ……まぁ……」
「ち、ちなみに、付き合って何ヶ月だっけ?」
「……二ヶ月くらいかしら」
「展開が早すぎない?」
「既に一線越えてそう」
ぼそっと呟いたリーリエの頭に手刀を落とす。
小桜さんには聞こえていなかったようで、首を傾げていた。
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